「あー私もピアス開けたい」
ベッドに腰掛けて何となく頭に浮かんだことを呟いたら、
私の膝に頭を凭れ掛けて雑誌を読んでいた光が顔を上げ、ニヤリと笑ったのが分かった。
ん?ピアスどこ?
あ、これ、やばいかもしれない。
そう思った次の瞬間、私は光にベッドへ押し倒されていた。
その手に握られていたのは白い長方形の…
知ってる、これピアッサーってやつだ。
…ちょ、ええええ!
なんでいつの間にかそんな物騒なもの持ってるんですか光くん!?
「いや、あの、冗談だよね?」
「先輩が開けたいて言うたんやないですか」
イヤイヤイヤ、言ったけどさあ!
「こ、心の準備が…」
「そんなモンいらんすわ」
「ちょ、待っ…みぎゃーーー!」
大した抵抗をする間もなく耳朶に鋭い痛みが走った。
しかも突然すぎて変な悲鳴上げちゃったし。何だ今の声。ショックなんですけど。
「し、信じらんない!ばか!ちょう痛い!」
ジンジンと痛む耳を庇う様にして塞ぎ、私は涙目で光を睨みつけた。
普通いきなり開ける!?おかしいでしょ!
しかし光は涼しい顔をして「まあまあ」と私の手首を掴む。
「消毒したりますから、耳出してください」
「うぅ…」
確かにこのまま放置してバイ菌入って膿んだりするのは嫌だ。
恐る恐る力を抜くと、そのまま手を両サイドに開かれ、ベッドに縫いつけられた。
つーか、この体勢なんか恥ずかしいんですけど。
なんだか急に意識してしまって、顔の熱が上昇してくる。
え?え?消毒するんじゃないの?
光の顔が近付いてきて思わずギュッと目を瞑ると、耳をぱくりと咥えられた。
ドキドキしたのも束の間、光の舌が傷口に触れた瞬間、神経がびりびりと刺激された。
「…………ッ!!?!?」
なんかもう、えろいとかやらしいとか言ってる場合じゃない。
痛い。ちょう痛い。
唾液が染みて頭にまでガンガン響いて来た。
え、なに?いじめ?
消毒ってコレ?痛い痛いいたい!
「ちょ…ッ!む、むりむりマジ無理ッ!イタ…ッ、痛いってば!」
バタバタと足を動かして、密着していた光の身体を無理矢理引き剥がす。
光は楽しそうに「アレ、もうええんスか?」などと笑っている。
分かってたことだけど、ホントにドSだなこの男!
上体を起こした光に続いてゆっくりと起き上ると、また耳にビリっと痛みが走った。
「…コレ、痛みいつ引くの?」
「寝て起きたらひいとるんちゃいますか」
「ばかにしてる?」
頭をポリポリと掻きながら眠そうにくぁ、と欠伸をした光に少しイラッとしながら言うと、光は驚いたように「ホンマですて」と言った。
「なんか冷やすモン持ってきますから、ここに横んなっとってください」
ドS志向が強すぎるのもアレだけど、光が優しいとそれはそれで、なんだか恥ずかしくなる。
私はされるがままに再びベッドに寝転がって、光をじっと見つめた。
「…なんスか」
「襲わないでよ?」
「アホですか。自意識過剰もええ加減にしてください」
え、それはそれでどうなの。
うちら付き合ってんだよね?
私の言葉に呆れたように溜息をつきながら部屋を出ていく光を見送って、閉じられたドアをぼんやりと眺める。
光のベッドって、ふわふわで気持ちいんだよね。
枕に顔を埋めてスーと深く息を吸うと、体中が光の匂いでいっぱいになる。
無機質で飾らないこの匂いは、安心できて、すごく好き。
こんなトコ見られたら、「何しとるんやこの変態」とか言って呆れられそうだ。
でも、そんな事を言う光を想像するだけでドキドキできる私は、やっぱり変態なのかもしれない。
そんな事を考えながら目を瞑ると、いつの間にか眠りに落ちていた。
「…い、せんぱい」
「ん…」
「ええ加減起きてください」
「ん、んー…ふふ」
「起きろやこのおたんこなす」
「…ひぁっ!」
首筋にひやりと冷たい温度を感じて、私はビクリと身体を強張らせて目を開けた。
目の前には氷嚢を持った呆れ顔の光がアップで映る。
「30分ぐらいでええのに、何時間寝るつもりなん」
「え、わ、私どれくらい寝てた?」
「2時間」
寝ていた時間がどうこうよりも、光の顔が近くて落ち着かない。
「うわぁごめん」と言って、私は慌てて身体を起こした。
あまりに勢いよく起き上ったもんだから、脳に血が行渡らずに一瞬視界がぐらつく。
そのままバランスを崩してよろけた私を、光がギュッと抱きとめてくれた。
「何でそない勢いつけんねん。アホっすわ」
「う…ご、ごめん…」
再び謝って、光の肩に支えられたまま目の前に広がる頭から首筋のラインをぼうっと見つめる。
「…ひかるー」
「なんすか」
「ピアス1コないよ」
「え、うそ」
光はゆっくりと身体を離し、確認するように自分の耳を触った。
「…あー、ホンマや」
「一緒に探す?」
なくなった所に付いていたピアスは、光のお気に入りだった筈だ。
他のと同じようなシルバーピアスだけど、それは角度によって赤く光って見える。
その赤み加減が好きだったらしく、最近ではいつも身に付けていた。
しかし光は諦めたように溜息をつき、私の問いかけに首を振った。
「別に、ええっスわ。それより痛み引いたんスか」
「え、あー、そういえば」
私が寝てる間に光が冷やしておいてくれたんだろう(氷嚢置いただけかもしれないけど)、今は全然痛くない。
「うん、平気みた…い、」
自分の耳に手を伸ばして私は息を飲んだ。
そこに感じたのは、皮膚ではなく、金属の硬く冷たい感触。
驚いて視線を戻すと、光はニヤリと笑っていた。
「マーキングすわ」
「…………!!」
「毎日、付けてくださいね」
光は満足そうに私の耳に付いた赤く光るピアスに触れ、
同じように赤く染まった私を引き寄せて優しくキスをした。
***
「これ、衛生上は大丈夫なの?」
「膿んだらまた消毒したりますわ」
「いや、いいです!ほんとに!自分でやるから!」