理(ことわり)

 雪村家を辞した幽助は何やらむすっとした表情で歩いている。
 その理由に心当たりはなくはないのだが、ぼたんは明るく空中から声をかけた。
「感動的な再会ってやつだったね」
 無言で幽助は歩いていく。
 幽助の復活を知った螢子の父は、娘と相談し、時期を見て妻と彼を引き合わせることにした。
 事前に話を聞いていたとはいえ、信じ切れない表情だった彼女は、恐る恐る幽助に触れると彼を抱きしめ泣き出した。
 それを宥めていた幽助は、視線を感じたらしく、ふと顔を上げた。ちょうどそこには数日前まで一緒に浮いていた霊界案内人が窓から覗く姿。
「何見てんだ、てめー」
 目が合って反射的に言葉が口から零れたらしく、しまったという表情を幽助がしたときにはもう遅かった。
「幽ちゃん、幽ちゃん――」
 おさまりかけていた涙が再び溢れ出したような泣き声が食堂に響く。
「本当に、本当に幽ちゃんなのね」
 幽助が何かを喋る度に泣き崩れる螢子の母の涙はすぐには止まりそうになかった。
 その様子をずっとぼたんは空から見ていた。

「幽助、ほら、機嫌直しておくれよ。今日は大事な話があるんだよ」
 返事どころか振る返ることもなく幽助は立ち止まらない。
「あんたは前と変わったことがあるって気付いてるかい?」
 宙に浮かんだままその後をぼたんはついていく。
「あんたが見えないふりをしたって、あんたには見えているんだよ。普通の人間には例え見えなくても見えないものはいるんだよ」
「はあ?」
 何言ってんだてめー、と言いたげな表情で幽助は歩みは止めないながらもようやくぼたんの方を向いた。
「ほら、誰にもあたしは見えちゃいないけど、あたしは今ここにいるだろう?」
 やっと話を聞く気になった。と、やれやれと思いながら、本題へ入ろうとしたのだ、ぼたんは。そんな時に、ふっと幽助が言った。
「――お前、寂しいのか?」
「え?」
 幽助の言葉を思わずそのまま自分に聞いてしまって、ぼたんは次の言葉が出てこなかった。
 ――寂しい? あたしがかい?
 立ち止まってぼたんの顔をじっと見ていた幽助は、何も言わず再び歩き出した。

 人は遅い早いの違いはあっても必ず死ぬ。だからこそぼたんは死者には明るく接してきたし、明るく接することができた。人間界の住人には誰一人例外などないのだから。
 それに幽助の場合は送る先は霊界ではなく現世なのだ。なのに、生き返るための試練を受けている少年がようやく自分の身体に、元いた世界に、戻れることになった時、寂しさを全く感じなかったと言えば嘘になる。
 ――寂しい?
 そうなのだろうか。でも、あたしは、何が、どうして、寂しいのだろうか。
 霊界探偵としての初めての指令を伝える前に犯人を捕まえた幽助が、ぼたんにはあまりに普段通りすぎるのが気になった。異界の者を見て触ることも言葉を理解することもできることの意味に幽助は気付いているのだろうかと。
 だから見えないものが見えることに幽助が慣れるまでサポートしたいとぼたんが申し出た時、コエンマは少し驚いた様子で「仕事熱心は褒めることだが、あいつなら何もしてやらなくとも、じきに慣れるだろう?」と言いながら、それでも助手として必要と思うならと許可を出してくれた。
「大丈夫そうなら、何もしませんから」
 ちょっと見てくるだけです、と言ったぼたんの笑顔に、何故コエンマは迷うような表情をしたのか。
「幽助にはお前の姿が見えるんだからな。見つからないように注意しろよ」
 見つかろうとも困ったことなどないはずなのに、何故わざわざそんなことを言ったのか。
 そして案の定見つけられてしまったからと言って、何故わざわざお節介なことを教えようとしているのか。
 寂しいから、だからあたしは「ここ」にいるのだろうか。
 彼が霊界探偵に任命されることが決定してその助手にぼたんが選ばれたことを伝える時、コエンマは返事はよく考えてからでいいと付け加えた。
 だけどぼたんは何も考えずにその場で返事をしてしまった。
「乗りかかった船ですから」
 コエンマが考える時間を、忙しい霊界ではそう長い時間ではないけれど、出来る限りでの考える時間を与えてくれようとした意味に気付かず、いや目を逸らして。

 霊界案内人は基本的に人間界に干渉しない。ただ人が死ぬのを見守り霊界に送る仕事だ。だから生きている人間と話す機会はそうそうない。
 仕事柄他人の人生を知ることは多々あったが、それは仕事であり、仕事以上のものではなかったはずだった。
 なのにどうして、いつか死んで彼岸へ向かう人間達が羨ましいと今は思うのだろう。
 この前生き返ったばかりの彼も、ずっと待っていた彼に再会できた彼女も、いつか見送ることになるぼたんとは違い、死ぬことを、悲しむことを、許されている人間達が。
 今はとても、羨ましくて、――とても寂しい。
 生き返る少年を、彼を待つ人たちを、見守っていたことで生じた自分の異変に、ぼたんはやっと気が付いたが、それは遅すぎて、もう取り返しが付かない。霊界の者である彼女には必要のないものを抱えて、これからもまた死んだ人々を運んでゆく果てし無さ。
 人間と深く関わることが霊界で禁忌とされている理由。その訳を今ようやくぼたんは知ったのだ。

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2巻の最後で生き返った幽助と螢子を見るぼたんが寂しそうに見える。
そしてぼたんと言えば、情に脆くて一緒に泣いてるイメージがあるのですが、初期は違うよなあ。 情がないわけではないんだけど、何だかあっけらかんとしたところがあるし。
という妄想から、こんなことに。

2011/06/07



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