誓い

 もし幽助が起きたらカップラーメンでも食べさせといて

 螢子に宛てられた温子の置き手紙(似顔絵付き)を再度読んで幽助は苦笑した。
 火事で引っ越したこのマンションは以前の家と違い格段に片付いている。いや、室内に生活感があまりないということは、散らかす者がいないせいなのだろう。
 温子は自宅にあまり寄り付いていないようで、食料といえるものは家の中に僅かしかなかった。冷蔵庫や棚の中にあるのは調味料ばかり。買い置きのカップ麺は既に平らげてしまった一食分のみ。
 久しぶりの自分の身体の中で、目覚めて感じた空腹に何も考えず手紙の指示通りに食事をした。適当に引き出しを探ると出てきた金は食後に欲しくなった煙草と(さらに買い置き用に余分に買った)、その後街へ繰り出してとりあえずと入った喫茶店代に消えた。
 こんなことなら金の使い道は慎重にするべきだった。買うのではなく、パチンコで必要な品を勝ち取るべきだった。
 後悔しても後の祭りだ。
 再び空腹を覚えた幽助が帰宅後、家の中のどこを探してももう金が見つからない。これでは食事どころか、遊びに行く金もない。
 母親が帰るのを待つのは望み薄だ。手紙の文面から推察するに温子はまたどこかへ男と旅行へ行っているらしい。当分帰ってはこないだろう。
 幼馴染の家に行けば何か食べさせてもらえるだろうが幽助はあることに気づいた。
 あー、オレ死んでたんだった。
 それに今は螢子の母親は入院中である。だからなのかいつもなら嫌だと言っても世話を焼いてくる頼れるべき螢子は休日なのに姿を見せない。
 桑原に恵んでもらうのは冗談じゃなく遠慮したい。
 結果、残された手段はあまり穏便なものとは言えなかった。かつあげ、食い逃げ、掏り、万引き、それともどこかの家に忍び込もうか。
 ――もし生き返ることが出来たら悪いことはやめてもいいぞ。
 まさか生き返った翌日に破りたくなるとは情けない。だが幽助は生きているからこそ腹が減っている。
 こんな時、死ぬ前なら困ることはなかった。因縁をつけてくる不良や、幽助の名前を勝手に使ってこちらには一言もない生徒、そんな奴らから金を貰っていたからだ。500円もあれば一食分は賄えるし、足らなければパチンコで増やせばいい。だが、そんな奴らからとはいえ金を取るのは――
 一応悪いことだよな?
 空腹感と自制心が互いに相手を打ち負かそうとするのを感じながら、幽助はこのままだとヤバイと思った。空腹が勝るのは時間の問題だった。
「霊界探偵か……」
 もちろんそんなものになりたくはなかったが、生き返るための代償を払ってもらわないとねと言われればどうしようもない。
 給料前借りすれば良かった、と呟いた幽助はこれからただでこき使われる羽目になることをまだ知らなかった。

◇     ◇     ◇

 目の前の幼馴染みを螢子は出来る限りの冷たい目で見てやった。
「そんなにお腹が空いてたの?」
 今日のご飯代が充分に賄えるぐらいのお金があるのは昨日帰る前に確認して、本人も大丈夫だと言っていたのだ。それなのに。
「だったら何で煙草なんか買うのよ」
 しかも3ダースまとめ買い。
 螢子の視線に幽助は居心地悪そうに、それでもしっかりと最後の一口をかきこんだ。
「ねえ、なんで」
「忘れてたんだよ。それで何も食えねえと思った途端に腹が減ってきて」
「なんで忘れるのよ。信じらんない。それじゃあ、しょっちゅうご飯が食べられなくなるじゃない」
「だからそういう時はそこら辺の奴らの寄付」
「何それ」
「習慣ってのは恐ろしいな、ていう話だよ」
 夕食にすっかり満足した様子でゆっくりとコーヒーを飲んだ幽助が呟く。
「やめようと思ってるのに、やる前提で行動しちまうんだぜ」
「へーえ。私は寄付しないわよ」
 その様子を眺めていた螢子の声色も自ずから冷える。
「螢子。オレ、もう悪いことはしねえから」
 機嫌をとるように慌てて付け加えた幽助から顔を背けた。そこら辺の奴らって誰? とっさに浮かんだのは以前に見た年上の女性と街を歩く彼の姿。後からあれは温子の友人で夕食を奢ってもらったのだと聞いた。
「マジだって。もう悪いことはしねえって言っちまったからな」
 彼の言葉を疑っているわけではないのに幽助はピント外れな言い訳を始めた。
 その間に螢子は今後の出方を考える。ここで「寄付って誰から?」と聞いてしまうのは簡単だ。簡単だけど難しい。
 だってそれじゃあ幽助の嫌いな大人みたいじゃない。
 何も聞かずに疑っている大人みたいにはなりたくない。それに下手な聞き方をすれば彼は二度と今のように自分に対して隙を見せなくなるかもしれない。
 叱るのはいい。だが疑うのは駄目なのだ。
 そこまで考えてから螢子は思った。こんなにいろいろなことを考えて幽助と接していただろかと。彼が死ぬ前は何も考えずとも言葉が出てきたのに。

 言ってはいけない言葉がある。螢子は考えるようになった。
 死んじゃえ。
 ひどい言葉。もちろん本気じゃなかった。本当になるなんて思ってなかった。
 一度口に出してしまった言葉は取り戻せない。そう、死んだ人が二度と戻らないのと同じように。
 ちゃんと生きているのか不安になった。昨日のことは夢なんじゃないかって思ってしまって、それでも、父親と一緒に退院する母親を迎えに行って、身の周りの世話をして、やることがある間は良かった。
 でもふっとが時間が空いた。
 夕食の準備をするにはまだ早くて、とうとう我慢出来なくなって顔を見に行くことにした。両親には足りない夕飯の材料を買い足しに行くと言い訳した。
 温子から渡されていた合鍵で入った家の中は静かでベッドでは彼が寝ていた。死んだようにという比喩があるけれど、まさにそんな感じだった。
「幽助!」
 思わず駆け寄り肩を揺すると幽助は目を開き螢子を確認するとほっとした表情になった。彼女も安心して同時に自分の行動が恥ずかしくなって、息を吐くと笑った。
 そんなときにだった。盛大な腹の虫と共に情けない声で何か食べられる物を持っていないかと問われたのは。
 お腹が空くというのは生きている証しで良いことだけど、その状態になったいきさつを知った今では、思い出すと少々腹が立ってきて目の前の頬をつまんでみる。
「痛ってえな。何すんだよ、このアマ」
 バカはバカのままちゃんと生きていた。安心する。
 あの日「死んじゃえ」と言ってしまった事実は消えない。一度口から出た言葉を螢子の中に取り戻してなかったことにはできないけれど、二度と戻らないはずだった幽助はここにいる。
「なあ螢子? 何かあったのか? お前変だぞ」
 反対に幽助は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ええ、何かあったわ。幽助が生き返ったじゃない」
 そう言って螢子は自分のための紅茶が入ったカップを手に取った。
 すっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら彼に何を伝えるか考える。だけど、この小さなカップ一杯を飲み終えるまでに、伝えたいことが分かるだろうか。まだ彼女には分からない。

 彼が死んだことをきっかけに気付いた気持ちがあることを螢子は既に知っていた。だが、だからこそ出来なくなったこともあることはまだ知らない。そして自分が自分で思っているよりも未だ混乱していることに彼女が気付くにはまだまだ時間がかかりそうだった。

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そこら辺の奴らの寄付というのは「500円ちょうだい」(1巻)みたいな恐喝のことですが、螢子はちょっと勘違い。 幽助は螢子が自分の死ぬ前の行いを怒っているのだと勘違い。 螢子に甘えがある幽助×惚れた弱みで保護者をしている螢子な幽螢を推進中です。

格好いい幽助か、可愛い幽助をと思ってたのに。 これじゃ情けない幽助だ。 だって幽助がまるでヒモのようだ。

2006/05/03


日常に染み付いた行動は変えることが難しい。やってはいけない行動を気にしていると日常を取り戻すのは難しい。

いくつかの箇所を修正しました。むしろ修正しまくり。
「螢子〜、金貸して」と情けない声で言われたのは。という部分があったのですが、幽助にヒモ感が漂ってるは、 幽助は螢子にはこんなことを言わないような気がする。それとも案外言っちゃったりする?と悩むのに疲れたので、真っ先に削除。おかげでヒモっぽさは薄れたかな。
幼馴染みって年齢や環境で距離感が変わりそうで難しいですけど、人工呼吸(笑)の後のあの微妙な距離感が美味しいところなのに全く表現できてません。

2011/06/01追記



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