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| Joy to the world |

 

サンジ、オレその歌好き。もっかい歌って?


んーと聞いたのはドラムに居たころ。

悪魔の実を喰っちまったすぐあとの、吹雪の日。

オレさ、親から食いもん採ってもらえなかったから、いつもハラへってたんだけど。
群れが食い終わった後の残り物とかは、食べるのを許してもらえてたからさ、一応食べるものはあったんだ。
でもさ、悪魔の実を喰った後は、群れの後をついてまわるのも許してもらえなくなっちまって、当然食べ残しも手に入らなくなって、すげーハラ減ってたんだ。


吹雪の夜だった。


雪で目の前が見えないのか、腹が減って目がかすんでたのか。今でもわからねぇ。
いつの間にか森の一番外っ側に来ちゃってた。


そこにオレンジ色の光が見えたんだ。


灰色と黒しかなかったとこに、ぽーんと暖かい色が見えて、オレ、最初は夢かと思った。
見たこともない、すげー不思議な形の建物があった。真ん中が大きく盛り上がってて、横にもぐいーんて広がっててヘンテコな形してて。そこのたくさんの窓からきらきらとあふれてきたのが、オレンジの光だったんだ。
人間の近くは怖くて、普段だったら絶対に寄り付かないんだけど、その建物の近くに行ってみたくなって。今考えてもどうしてそんな気持ちになったのかわかんねぇ。でもサンジもあれをみたら絶対に行きたくなるって!そんな不思議な感じだったよ。きっとルフィだったら「不思議家」って呼ぶよ。


窓から覗くと、まず目の前にたくさんの料理が用意されてるテーブルがあった。長い長いテーブルがろうそくや花で飾られて、肉の皿、ケーキの皿、パンの皿、果物の籠。誰かのために用意されてる食べ物が湯気をたてて並んでて、こんなにたくさんの食べ物を一度に見たのって初めてで、腹減ってるのも忘れるくらいに驚いた。それから部屋の奥にはこれもたくさんの人間が集まってて、みんながほっぺたを暖炉の温もりでりんご色にして、楽しそうに歌ってた。
男も女も大人も子供も。みんなが幸せそうな顔して歌ってた。

それがその歌。

なんて温かな建物なんだろう、綺麗な歌なんだろうって見てたら、一人の人間がオレに気付いちまった。一人だけちょっと変わった雰囲気の黒い服を着てた男で、オレを見てぎょっとした顔をしたけど、周りの人たちに気付かれないようにそっと窓際まで来て、窓を細く開けて、オレの顔を見ながらポトリと一つ、パンを落とした。

オレにくれたみたいだった。

オレ嬉しくて。ハラ減ってたから食べ物ももちろん嬉しかったんだけど。オレを見ても悲鳴を上げない人間がいて、おまけになにかをしてもらうなんて。絶対無いと思ったてたから。

そのパンは持つとぽかぽかと暖かくて、オレは自分が寒かったんだって気付いた。トナカイも吹雪の夜は寒くて震えるんだ。
建物の、雪がところどころに凍り付いて冷たい外壁に抱きつくようにして頬を当ててると、内側のオレンジの空気が壁の外にふわふわと湧き出てきて、オレを包んでくれるような気がした。真夜中になっても吹雪は止まなくって、寒くて歯がガチガチしたけど、その壁の中の暖かい光景を思うと胸がぽかぽかしてきて、ずっとずっと壁にもたれてた。建物と、パンをくれた人間と、聞こえてくる歌が「ここにおいでよ」って言ってくれてる気がして、うっとりと目を閉じたら、子守唄みたいにいつの間にか眠ってたよ。


目が覚めたときは、まだ暗かったけれど、夜明けが近いことはわかった。建物の明かりは消えて、中に集まった人たちもとっくに帰ったみたいだった。
オレも森に帰ろうってすっかり冷たくなったパンを持って立ち上がったとき、窓からオレを見てる視線に気がついたんだ。
パンをくれた人間だった。手には銃があった。
そうだよな、勝手に長く建物の近くに居たら、いくら親切な人間でも怒るよな。

さすがに背中向けるのが怖かったから、人間の顔を見ながらゆっくりゆっくり後ろ向きに歩いて、森のほうへ進んだ。
ほんとうは「ありがとう」って声をだしてお礼を言いたかったけど、きっとオレがしゃべるとびっくりするからやめておいた。それでなくてもその人間はびくびくした顔してたし。怒ってたし。ほんとごめん。
でもありがとうの気持ちも伝えたくって、ここの建物はなんて不思議で素敵なんだっていう気持ちも伝えたくって、オレはこの建物の形に手を広げて笑ってみた。
それから一度ぺこりとお辞儀をしてから森に走って帰った。
最後は怒らせちゃったけど、あの人間、親切にしてくれたからさ。ドクターやドクトリーヌに会うまでは、あの人間のことが一番好きだった。


ずっとずっと後になってから今の話をドクターにしたら、それはきっとこの日だな、ってカレンダーに大きな丸をつけてから、この日をお前の記念日にすると良い、ってドクターが決めてくれた。

だからな、今日から10日先のこの日はこの歌をみんながぽかぽかした建物の中で歌ってた日なんだ。オレの記念日!

あの人間、今でもこの日に暖かい不思議家で歌ってるといいなぁ。
サンジ、もっかい歌ってくれ。オレも一緒に歌っていいか?
せーのっ!

 

 

 

「もーろびとーこぞーりーてー  むかーえまーつれー!」

 

 

 

今年の聖歌隊は元気がよろしいですね。声にもハリがあってよく揃っていますし。
はい、食べ物はそちら、窓際のテーブルへ。みんなに十分に行き渡るように、たくさん用意しましょう。

こちらの教会、とても変わった造りでしょう?
私の数代前に赴任していた牧師が、かの高名な…そう、もちろんご存知ですよね。あのお方です。
彼はその牧師としての博愛に満ちた高潔さに加えて、建築家としてもたいそう名高く、この建物も彼の設計によるものなのですよ。
もう建てられてから50年ほどでしょうか。
えぇ、彼こそは聖人なのでしょうね。神の御言葉を伝えるだけではなく、自然のことわりもその身で深く感じて、神と人と自然との共生のために、その生涯をかけたと伝え聞いています。


私がこの集いに熱心な理由ですか…。
お恥ずかしい、まことにお恥ずかしい理由なのです。


ただ、私の犯した過ちを、誰かに聞いていただき、記憶に残していただくのも良いかもしれませんね。
…それではお話しましょう。



 

数年前のことです。
この地に赴任してきてから最初に迎える冬でした。
村の皆様をこの教会へお招きして、礼拝と食事を。どの教会でも開かれるこの記念日の集いです。

皆様の歌を聞きながら、ふと窓を見ると、そこに1匹の獣がいました。
テーブルの上の食事や、歌う信者を食い入るように見ていました。
食べ物の匂いにつられて来たのかと、最初はあまり気にしませんでした。しばくしてもう去ったかとまた窓を見ましたら、それまでは反射する光に遮られてよく見えなかった獣の姿が、くっきりと見えたのです。


私はその獣のおぞましい姿に、体中の皮膚が粟立つのを感じました。
気味の悪い青い鼻をして、獣と人間両方を冒涜するような汚らわしい姿をしていました。
大声を出して、信者の中にいる猟師に撃ち殺してもらおうかとも考えました。ただ牧師として、集いの最中に騒ぎ立てるのもみっともなく思え、結局対面を気にして、なるべく他人に気付かれないうちに化け物を追い払おうと考えたのです。
そっと窓際により、手近なパンをぞんざいに掴み、獣が隙を見て入り込もうとしないように窓をなるべく細くしか開けないで、パンを投げ落としてみました。野生の獣であれば、エサが手に入ったら人間の元から立ち去るだろうと思ったのです。
化け物は恐ろしいことに二本足で落としたパンに歩み寄り、パンを掴みました。私を見上げたその気味の悪い生き物への汚穢感を奥歯でぎりっとかみ殺して、心の中で必死に神への助けを求めながら、表面上は何事もない顔をして聖書を朗読しました。戸口に掛けたヒイラギの枝が魔除けになりますようにと心から祈りました。


皆で神への感謝を捧げて散会しても、私は窓辺を確認できませんでした。
あの恐ろしい獣がまだ居座っていたらどうしよう。やはり猟師を呼び止めるべきだったか。
一晩中煩悶し、夜明け近くになってやっと窓辺へ近づく決意をしました。もしもの時のために銃を持ちました。なにかあったら銃弾を放つのも許されるだろう、相手は化け物だ、そう考えたのです。
そして獣はまだ窓の外にいたのです。
一見しただけではわかりませんでした。体中を雪に覆われていましたので。壁際の雪の塊をよくよく見てみると、化け物が壁に抱きつくような格好で眠っているのだとわかりました。
心が恐怖と憎悪に支配され、銃を使おうと決意をしたとき、野生の本能が働きかけたのか、化け物が目を覚ましたのです。
恐怖。襲い掛かられたら。銃を使ったことの無い私は一瞬のうちに惨たらしい死を迎えることになるでしょう。
しかし幸運なことに、化け物にとっても銃は脅威だったのか、私と銃に気付くと後ずさりして建物から離れていきました。私は神に感謝し、心の中で勝利を叫びました。

そのとき遠くの森の木々の上から真新しい朝の光が生まれ、私は化け物を追い払った祝福だと感じたのです。
なんという愚かな人間なのでしょう。


目の前の獣が、逃げる足を止め、私をじっと見つめたのがわかりました。
獣は遠く全体を見渡すような目をして、ゆっくりと両手を広げ、笑顔を浮かべました。
呆然として私は銃を取り落としました。


「すべてのものよ、来たれ!」

私は執務室に掲げた言葉を、ここへ来てやっと思い出したのです。
この建物は、両手を広げて全てのものを受け入れる姿を形取り、そのこころざしの元に設計され築かれた…かの聖人によって建築の意思を伝えるために書かれた書物を私は何度も読んでいたはずなのです。
そして聖人の言葉の中で最も象徴的な部分を執務室に掲げていたのです。
それは偽善でしかありませんでした。
私は聖人であり教会の設計者である人のこころざしから遠く離れたところにいたのです。


あの生き物が、両手を建物の形に広げて朝日に輝いたとき。

私の蒙く塞がれていた精神にも光が射したのです。
森へ駆けて行く生き物の後姿を呆然と見送った後、私は顔を抑えて倒れこみました。

私を許してくれ。

お前がここへ来たのは間違っていない。この建物はいきとしいけるすべてのものの憩いのために、聖人がその意思を持って造られたのだ。お前はここへ居てよかったのだ。

間違ったのは私だ。何も理解していなかった私なのだ。

お前はそんな姿をしているけれど、きっとこころは清らかなのだろう。そのこころが教会にこめられた聖人の意思を感じ取ってここへ身を寄せたのだろう。

すまない。すまない。すまない。
私の声は、建物に吸い込まれて消えていったのでした。


…ですから、私は過ちを償う意味も込めて、あの生き物に出逢ったこの集いに熱を入れてしまうのです。聖人の教えを胸に、すべてのもののしあわせを祈りながら、同時に、私の目を開かせてくれたあの生き物がどこかで孤独と寒さに震えることのないよう、祈りを捧げているのです。

 



(031214:完)
1)建物のイメージは柳沢教授の戦後編に出てくる建物より。
2)「もーろびとーこぞーりーてー うたーいまーくれー」だと大人になるまで思っていました。


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