| グローリー・デイズ |
赤々と燃えさかる炎が、海賊たちの宴を照らし出していた。 沢山の大皿に山盛りの料理は乱暴に食い荒らされ、酒樽はごろごろと転がって酔っ払いどもに蹴り飛ばされていた。歌声や演奏にあわせて手拍子が聞こえてくる。 絶えず野太い笑い声が響いていたが、誰かが勢いをつけて宙を舞ったり、ナイフ投げの妙技を披露するたびに、一層大きな歓声が宴の席で渦巻いた。一本外れたナイフが的を持っていた海賊の腕に突き刺さり、悲鳴と爆笑が響いた。
「いいぞ!もっと騒げ!派手にやれ!」
赤いビロードのクッションがついた金箔の椅子に深く腰掛けたバギーは、宴を見下ろしながら機嫌よく手下たちへ声をかけた。金地に宝石が散りばめられた大きな杯から、コクのある深紅のワインを一気に飲み干す。足元に散らばっていた金貨を蹴り上げて、小さな金色の流れ星を作りだした。
「ほらよ!褒美もやるぞ!」
口紅に縁取られた唇から哄笑を吐き出して、バギーは傍らから自分に視線を送っていた男を見た。
「なんだ?…カバジ?言いてぇことでもあるのか」 「…最近は特に、ご機嫌が麗しゅうございますね…」
厭味のあるしゃべり口はこの男の地であるので、バギーも特に腹をたてることはしない。カバジに向けた気違いじみた化粧の顔が半面を照らされて、毒々しい笑顔を暗闇に浮かび上がらせた。
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ほんの少し前までは、バギー海賊団は辺鄙な東の海に居座り、片田舎の町を破壊してまわっていた。そういう毎日において、小さな小さな違和感が積み重なり続けて、バギーを苛立たせていた。 昔は、そう、もっと自分がちっぽけで、若くて、船も手下も持っていなかった頃は、歓喜も興奮ももっと身近にあった。 当時は、お頭の命令で敵船を襲い、敵を切り裂き、仲間の誰よりも早く宝物庫へ辿り着きお宝を奪った。そうやって手に入れたお宝は100分の1も自分のものにならずに、ほんの一抱え程度の分け前を貰っただけだった。それでも宝の山を見るたびに、金銀財宝の上をごろごろ転がって大笑いせずにはいられない喜びがあった。 今は、あの宝物庫に入っていたお宝の、何倍ものお宝が自分のものだ。それなのに、こんな世界の端っこでちんけな町をバギー玉で破壊することしかできないのか。 ひょっとすると自分がもっとも輝きを放っていたのは、あのシャンクスのせいで悪魔の実を丸呑みし、野望が遠ざかったあの頃だったのではないだろうか。自分の体の中で、宝よりも光るシャンクスへの憎しみを、絶やすことなく燃やし続けていたあの頃だったのではないだろうか。 しかし、時が憎しみを記憶の一部へと取り込み、永遠に燃え続けるに違いないと思ったあの憎悪も、手で囲んでそっと守ってやらないと、今にも消えてしまいそうだった。祭りを遠くで見ているような焦燥に、バギーは町を吹き飛ばし、瓦礫の上で空っぽの乱痴気騒ぎをせずにはいられなかった。
あの町で麦わらのルフィと会うまでは。
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1億ベリーか。
黄金の杯につぎ足されたワインを喉に流し込みながら、擦り切れるほど見た手配書をまた広げる。誰かが曲芸を披露したらしく、手下たちの宴の輪からまた大きな歓声が起こった。喧騒を心地よく聞き流しながら、能天気な顔の手配写真を上機嫌に見つめる。
この手配書を見たとき、聖火のように守られてきた懐かしいあの怒りの火が、ボッと音をたてて勢いをつけたのを感じた。 この怒り。これを求めていたのだと、凶暴な喜びに顔を輝かせる。 もっと、もっと、このグランドラインで名を響かせろ。お前だったらどんな大物と出会っても負けはしないだろう。そして、オレを怒らせろ。シャンクスと二人で、オレを怒らせ続けろ。
お前等をこのままにしてはおかない。
シャンクスへの、ルフィへの怒りこそがバギーを昂ぶらせる。遠かった祭りの喧騒は今、目の前で鳴り響いている。ぼんやりと霞んでいた赤色が、今はかくも鮮やかに視界を埋め尽くす。
眼前に広がるのは、バギーに取り戻された栄光の日々だった。
(040508:完)
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