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| 盲人 |



コックの愚かさは今に始まったことではなく、店で出会ったときから一緒に旅をするようになった現在にいたるまで日々満遍なくナミやビビやあの女や通りすがりの女達への態度で証明し続けていた。

奴は女の汚く醜いところについては、それはもう見事に見えないことにしておいて、自分が女の属性として愛している美しさだとか弱さだとか繊細さだけを見つめていた。確かに奴の左目は鬱陶しい金髪でもってふさがってはいるが、別に見えないわけではないということは普段の行動から明らかであるので、視力に問題がある故に女を見る目がないというわけでもなかった。それでも奴の一番の特徴というか愚かさの原因をあらわすとしたら盲目という言葉が一番ふさわしい。





例えば今みたいに夕暮れにルフィが海を見ていたとする。

本来ルフィは俺の19年の人生の中で出会った誰よりも悪質な奴であるに違いなく、相手の一番嫌なタイミングで一番ダメージを与える言動を見るからに、そうやすやすと誰の手にでも負えるような人間ではない。頭脳を回転させるのではなく、生来持って生まれた本能により、肉体的にも精神的にも他人を打ちのめすそのサマを見ていると、あの時あの海軍基地での俺の選択が本当に正しかったかどうか少し考えたくなる。

もちろんコックなんぞの手に負える人間であるはずもないのだが、愚かなコックはルフィのことを少し伸びが良いだけの、世間知らずの少年くらいに思っていて、それはコックと非友好的な俺ですら気の毒になる誤解だった。人食い虎と飼い猫ほどの違いをなぜわからないのか。


そんなことだから赤い落日に染まるルフィの手を、遠慮がちにゆるりと持ち、自分に視線を向けたルフィにしたり顔で煙を吹きかけ、それからゆっくりと「こっちへ来いクソゴム」などとありふれた悪態をつきながらルフィを赤の差し込まないキッチンへ連れて行くなんて、本当に見え透いた思いやりでルフィを甘やかそうなんてするのだ。
コックの目には、赤光で消えそうになっている輪郭だとか、少し伏せられた大きな大きな目だとかが映し出されているのだろう。彼方へ向けられていたルフィの瞳の奥にある底冷えのする光だとか、何かを失うことを覚悟し引き締まった背中だとかは見えないのだ。大切なものは何一つ見えていない。それは盲目であるのと同じではないだろうか。




「ねぇ、ウソップ。サンジ君とルフィを見ているともどかしくって突き飛ばしてやりたくならない?」
「たしかにな。でもルフィの奴もわざとサンジを騙してるわけでもねーし、ま、そんなに器用でもねーし、サンジがあんだけ誤解してんのが俺ぁ不思議でしょうがねーよ」
「ただね、確かにサンジ君は誰かを慈しみたくてしょうがない性分の持ち主だけれど、だからこその誤認なんだろうけど」
いつかのナミとウソップの会話を思い出す。




「ひょっとしたらサンジ君が見てるルフィも、ゆがんで原型はとどめてないけど、それもルフィなんじゃないかという気持ちもあるの。見えてないのは私たちなんじゃないかって…」




コックのガラス玉に映るルフィはその悪魔的実像からは遠くかけ離れていて、奴はルフィに何をしてやったらよいか、ルフィが何を求めているかと日々与えるものを探し続けている。ルフィも大人しく好きにさせていて、俺はルフィのその態度を苛立たしく思うこともある。いっそいつもお前がやるみたいに何もかもをぶち壊してしまえばいいのにと。眩んだコックの目に真実を突きつけてやれと。
それとも。それともこんな愚かなコックにだけ見えて、俺にも、ナミにも、ウソップにも見えないルフィがいるのだろうか。性質の悪いこの船長が頼りなく途方にくれるときがあるのだろうか。

コックに連れられて船内へと向かうルフィの、黒く染め抜かれた影がやたらとはかなく見えて、俺までコックの視界に毒されたかとまぶたを閉じることにした。


(030726:完)

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