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| 無間走 |

 

ルフィの意識が浮上する前から、シャンクスは彼の眦の傷を舐め、未発達で野性的な筋肉をまとう脇腹に手を這わせていた。形の全てを覚えようとするように丁寧に繰り返し線をなぞる。揺り起こされる肉体の感覚にゆっくりと眉を寄せたルフィは、覚醒と睡眠の境も溶け合って、眠っていたのか起きていたのかも思い出せないようだった。

 

時代が大きくうねり、怒濤が世界を覆う直前に訪れた、ほんの数日の平穏と再会の時間はすぐに轟音に破られるに違いない。来る嵐の後に互いが違う砂浜へと打上げられることは、花が咲き実を結び土に還るのと同じように確かなことで、重なる皮膚の生み出す熱もいずれは強い風に散り散りに飛ばされて、存在すら曖昧になってしまうのだろう。


ルフィが船室の入り口へ視線をやったのは、時がまだドアの前まで迎えに来ていないことを確かめる為だったのかもしれない。

手で指で、なにより存在でシャンクスはルフィの体温を奪い、そして与え続けいていた。儀式に昂ぶらずにはいられない二人の精神は、お互いを求め合う磁力を体におびさせていった。
シャンクスがルフィの体内に入り揺さぶりはじめると、二人は不思議な波に襲われ、波の中でもみくちゃにされ、息もできない。猛った波が一度は去っても、シャンクスは変わらずルフィを揺さぶり続け、ルフィもシャンクスを求め続け、休む間もなくまた渦に飲み込まれていく。
いつまでも途切れることのない抱擁に息が弾み、心臓が限界を訴え始める。乱暴に空気が出入りする肺はもうすぐ張り裂けてしまうに違いないのに、それでも終わりのないセックスは続く。


「苦…しいか」

問いかけると、自分のための傷がぴくりと痙攣してから、青白い輝きのなかにある黒瞳が姿を現した。

「ん、ずっとだ…」

命も途絶えてしまいそうな息の下から掠れた声が返ってきた。

 

 

 

 

2つ重ねた枕に半身を預けたルフィの額には汗で髪が張り付いていて、シャンクスは指を伸ばしてその黒い房をかきあげてやる。無精ひげの口元がくゆらせる紫煙が、消えかけのランプの光の中で、壁の海図へ吸い込まれていった。

「ずっと、シャンクスのこと考えて冒険してた」

雫のようにルフィの言葉が零れた。

「あぁ、俺もだよ」

ラムを喉に流し込み、溶岩のような熱が胃の腑にどうにか収まってから続けた。

「…走って走って、狂ったように走って相手を追いかけるんだが、そこは広い円状になっていて、相手も同じスピードで同じように追いかけて走ってる。暗い場所を延々ぐるぐるとお互いを追いかけあって走る」
「…なに?」
「昔、聞いた話だ。どんなに疲れても足は動くし、死ぬことも無い」
「…」
「ただずっと相手を求めて走る。それだけの話だ」
「すっげー、いいなー」
「…いいか?」
「うん、オレ、それ幸せだと思うぞ」

倦怠の中にも本来の陽気さを湛えたルフィは、そいつらは幸せだともう一度言った。ずっとずっと求めるやつのことを考えてそれが永遠に全てなんて。なんて幸せな。
シャンクスは泡のように湧き上がる奇妙な幸福に沈む幻覚を見ながら、ルフィへもたれた。重い、というので笑って覆いかぶさる。

「そう思うよ、俺も」

暗い穴の中を相手を追って永遠に走り続けるあの話は、確か地獄の話だった。

こんなに満ち足りた想いでいられるのであれば、罪人が受ける罰のような人生も悪くはないと思う。
ルフィを見ると船窓へ視線を遣っていた。地の底から見上げるのと同じように、そこから星を見上げていた。


(040430:完)


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