| 誕生 |
船の上には、人体のパーツがあちらこちらへ散らばっている。勝敗はついていて、片方の船の船長の体にはもう首が無い。
「あと一人絶対に殺っとかないといけないやつがいるはずだが」 赤い髪の男はそう云って血溜りの床を船底に向かって走った。 走っている間にも残党が出てきたが、まるで草でも払うようにぞんざいに命を刈り取る。
ドアが並ぶ廊下に出た。一つのドアを選んで開ける。こういう直感に狂いは無い。 探していた人物がいた。 どこかの民族衣装だろう。あまり見慣れない漆黒の衣装を着た老婆が、ドアの真正面の椅子に腰掛け、シャンクスを待っていた。 もう部屋には火の粉が舞い始めていた。 「・・・どうやら覚悟はできているようだな」 若々しい声に 「あぁ、この船の運命も半年前には見えておった。先を見るのが商売でな」 ひび割れた老婆の声が答える。 「見えていたのだったらなぜ逃げなかった。船の連中に教えることも出来た筈だが?」 「お前に用があった」 顔を覆うシワが少し波打ち、それが老婆が笑ったことを相手に伝えた。 「俺に用だと?邪悪な予言しかせず各地に災いをもたらして来た占い師よ。俺の方に用は無いが」 「シャンクス、赤髪のシャンクス。まだ20になったばかりとは云え、お前の名前はもう響き渡っておる。お前は近いうちに今の船団から独立し、自分の海賊団を持つであろう。」 「ほう、悪鬼も最後には本当の言葉を云う気になったか」 左手に持った血塗れのサーベルをゆっくりと持ち上げる。 「俺を待っていた割りにつまらぬ最後の予言だったな」 皮肉な笑みを浮かべる。 ドン! 近くで爆発が起こった。この船が沈むのも間もないだろう。 天井の組み木が燃えながら落ちた。 部屋の中で炎と影が勢い良く絡み合う。 「もう時間も無さそうだ。せっかくだが、お前がわざわざ俺に伝えたかった予言も特に・・・」 瞬間、老婆から禍々しい気配が立ち上り、シャンクスの言葉を続けさせなかった。 「今じゃ!」 老婆から瘴気が噴出し、シャンクスに吹き付ける。 「・・・なっ・・・?」 「今、今じゃ!東の海に一人の子が生まれた!この瞬間じゃ!」 老婆は椅子から立ち上がり、高く両手を突き上げた。紅の炎の中に浮かぶ老婆の影は黒い巨人のように見えた。 「たった今生まれた子が、世界に動乱をもたらす。そしてこの赤子が、のう赤髪よ、お前の運命も握っておるぞ」 ニタリ。光射さぬ洞穴の眼がシャンクスを見つめる。知らず、シャンクスのサーベルを握る手に汗が滲む。 「俺の子と云うなら違う。東の海には心当たりが無いぞ」 ひるむ心を隠すような軽口。それを嘲笑うように老婆は続ける。 「お前の子と云うておるのではない。子や親よりもずっと強く、お前とこの赤子の運命は繋がるのじゃ。赤髪よ、お前の選択次第では、この子の為にお前の身から大量の血が流れるぞ」 バラバラと炎の欠片が二人に降り注ぐ。シャンクスは熱さゆえではない汗が自分のシャツを濡らすのを感じた。 「安心せよ」 絡みつくネチャリとした声が、まるでシャンクスをあやすように続く。 「この子はお前の命運を握っておるが、お前も逆に握っておる。先にお前がこの赤子の命を摘み取るがいい。機会はお前に必ず訪れる。なに、世界は変わることを望んでおらぬし、お前は己が血を流さずに済む。誰にとってもこの赤子の死が幸いじゃ。迷わずに殺めるが良い」 「・・・云いたことはそれだけか」 低くこわばった声でシャンクスが問う。 老婆は再び椅子に腰掛け、うなづいた。瞬間、首が落ちた。 新たにサーベルに付いた血を一振りして、シャンクスはドアへ向かう。 「のう、赤髪よ」 背中に老婆の声が投げかけられる。落とした筈の首が語りかけてくる。 「忘れてはならぬぞ。わが身を思うなら、そして世を乱したくなくば、殺すのじゃ。この子を・・・」 ガッ、振り向きざまに投げつけたサーベルは正確に老婆の口に突き刺さり、そのことにシャンクスは心底安堵した。 燃え上がる船中を駆け抜け、自船に飛び乗る間も、老婆の声がいやらしく背中に張り付き離れないでいた。
「シャンクス?」 くりくりとした目が己を覗き込んでいるのに気づき、我に返る。 フーシャ村はいつもとかわらず、5月の陽光に風や草木が煌く。 「ルフィ」 膝の上に乗って自分に向き合っている子供を抱えなおす。子供に触れている手から膝から温かい体温が伝わって来て、過去の記憶を少しづつ中和していってくれるのが判る。 「ん?」 首をかしげて自分を覗き込む愛らしい姿に、自然、笑みが湧く。柔らかな頬にそっと手を添える。 「もうそろそろマキノさんの店も準備が出来たんじゃないか?」 「うん!たのしみだな!マキノ、ナニたべさせてくれるんだろ?」 「ベンやヤソップも手伝いに呼ばれたから、店もきっと派手に飾り付けてあるぞ」 「うー!シャンクス!はやくいこ!」 全身ばねのように飛び上がって、子供はシャンクスの左手をぐいっとひっぱり、シャンクスもそれを合図に、もたれいていた楡の木の根元から立ち上がる。 駆け出すルフィの姿は命に溢れていて。 誰もが少年の生まれた今日のこの日を祝いたくなる。 溢れる光の中から手を振る少年に、眩しさに目を細めながら手で答えると、シャンクスは、一度頭を振り、ちょうど7年前の暗黒から聞こえてきた声を断ち切った。
(030701:完)
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