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| ゆくさき |

 


見知らぬ夜の町を、ひとり全力で走り抜けながら、ルフィのことをおもった。

 


最初にルフィを抱いたときのことを思い出してみる。気まぐれと、取るに足らない小さな出来事がきっかけだった。
ルフィが少し震えてて、俺はそれをあやしながら、一方では冷静に次の愛撫を考えていた。目を閉じたルフィの顔を見て、バラティエでの戦いの後、石ころのように海底に沈んでいた姿を思い出し、少し強引に目を開かせたりもした。


ルフィへ恐怖を感じるようになった理由は、はっきりとはわからない。
戦いを挑んできた海賊を倒した後の無邪気さや、捕まえた蜻蛉の羽を毟る子供と同じ、相手に対する残酷さ。
ルフィをルフィたらしめているその特徴が、恐ろしい速さで雷雲のように膨れ上がっていることに気づいてしまったからなのかもしれない。

『気まぐれで手を出したが、逆にこの怪物の渦の中に引きずり込まれ呑み込まれてしまう』

今朝何かの拍子にルフィの手を掴んだ。そのとき前触れ無くこう思った。
静かに積もった恐れが飽和したのだ。慄き手を引こうとした瞬間をルフィに悟られた。ルフィは静かに俺を見て、首を横に振った。

 


ルフィから逃げようと走り回った末、俺が辿り着いたのはちっぽけな島の外れにある荒ら屋だった。
それでもあれほど逃げたのにルフィの気配が近くにあるのも分かった。ドアを体で塞ぐように立つと、全身が汗に包まれた。
夜の気配の向こうから、俺の恐怖がゆっくりと歩いて来た。
ヒタリ
と、気配が外に立ち
「サンジ…」
ドア越しにルフィのとろみのある静かな声が聞こえた。
「サンジ、…サンジ」
木目の隙間から流れて込んできて、夜霧のように俺を震えさせた。
何度も、何度も。
俺の名前を一度呼ぶごとに、ルフィの声は甘さを濃くしていき、俺の両足は飴に絡まったように動けなくなった。

なにやってる。逃げろ、ここから離れろ、遠くへ、ルフィからもっと…

耳の中で響く俺の言葉は正しく、結局はなんの力も持っていなかった。
一瞬の後、響いた破裂音を俺は冷静に聞いた。

ドアはルフィのこぶしの大きさに穿たれた。痛々しく破壊された淵から漆黒を覗かせていた。
そっと小さな指先が、たった今自分で作った暗闇の口から這い出てくるのが見えた。一瞬前の凶暴さが嘘のように消えて、まるで怯えるように。
意外と長い指が、それから細すぎる腕が現れた。
その手は穴の周りを少し探すような仕草をしたが、すぐに熱を感知した蛇のように方向を定め、俺の手首をそっと掴んだ。

「捕まえた」

ドア越しに聞こえた小さな声と、手首の熱に目を閉じた。
不思議と恐慌は襲ってこず、絶望が俺に平静を与えた。

この手が俺をどこに連れて行くのか、そこはどんな景色か、もうわかっていた。きっと赤茶けた色をした土の、道標の無い最果ての地なのだろう。

しかし恐れ抗うことを諦めて目を閉じると、不思議に消えていた記憶が蘇った。瞼の裏に映し出されたのは、若葉の影が落ちる麦わら帽子や、緑に香る風とともにはしゃぐルフィの姿だった。
かつてとある町をルフィと二人で歩いた遠いあの日、俺は、確かに俺は、ルフィの辿り着く先を薄々と知りつつあった。それでも走るルフィを呼び止め、抱きしめずにはいられなかった。雲雀の声を聞きながら、影を重ねたあの日、いつまでも一緒にいたいのにと願っていたのは俺だったのだ。

ルフィは多分それを知っているのだろう。



(050503:完)


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