上新・下旧
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ナミさんで短文(050702)

見張り台から星が散った空を見上げ、昔、村の酒場で聞いた星に住むウサギの話を思い出してると、どこかでドアが開く音がした。
見下ろすと女部屋からナミが出てきたとこで、こっちに向かってくるのが見えた。すっかり寝静まったメリー号に、ナミの足音だけがそっと響いた。

「どした?」

ナミが見張り台に登るハシゴの途中まで来たあたりから、喉を震わせひくひくとしゃくり上げる音が聞こえて来ていた。ようやく俺のとこまで辿り着いたナミは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を俺に向けた。

「ロビンが…どこかに消えてしまう夢をみたの…」

嗚咽にままならない呼吸の合い間から、やっとのことで言葉を吐き出したかと思うと、また窒息しそうにしゃくりあげた。

「ロ…ビンが行こうとするとこが…恐ろしい場所だって…分かってて、あたしは手を伸ばして止めようとしたのに…ロビンがそれを…許さないの」

裸足の足を震わせながら立つナミを見てると、腹の上あたりがもやもやしてきて、俺はゴムの腕でナミの体を抱きこんで、横に無理矢理座らせた。出会った頃よりナミは泣き虫になった。それは構わねー。弱くなったからじゃなくて、大事なものが増えたからだ。でも今みたいにまるでひとりぼっちの子供みたいな顔で泣くのは駄目だ。駄目だと思う自分の気持ちをなんて言ったらいいかわかんねーけど、大切に思う。
俺の服に顔を押し付けてまたナミはしばらく泣き続けた。

「目が覚めたら…隣にロビンが眠っていて、とても綺麗で安らかな寝顔で…それを見て、きっとあの夢は本当になってしまうんだと思ったの」
「…そんときゃ俺がロビンを連れ戻すからよ」
「ロビンが…あんたでも手が届かない場所へ行っちゃったら?」
「んなこと俺が許すわけねーって知ってんだろ?」
「あんたは馬鹿よ、世界がどれだけ広いと思ってるの?世界はとても広くって、天国もあるけど、…地獄だってあるのに」
あんたは馬鹿。
失礼にも念押ししてから、またナミは新しい涙を流し始めた。

ナミこそ馬鹿だ。すっかり忘れちまったのか?
お前の地獄まで俺たちはお前を捕まえにいったじゃねーか。

お前が逃げても、牙を剥き出しにして怒鳴っても、俺はお前を逃がす気になんか一瞬だってならなかった。知らなかったのか?忘れちまったのか?

そんな言葉を飲み込んで、ナミの肩を引き寄せた。俺の手のひらに納まる細い肩の、残酷で、でもすっかり古くなった刺し傷と、その上に描かれた刺青をそっと撫でた
ナミの涙は一層大粒になったような気がしたけど、朝までには乾くだろうと思った。

 

ワンピース感想(040717)

「おらよ!」
フランキーの手下どものふざけた掛け声と同時に、腹に膝蹴りが入り、おれは胃酸が喉まで上がってきたのを感じながら体を二つに折り曲げる。
(メリー号の腹は、アラバスタを出るときに槍を巧く使う海軍の連中にさんざん穴だらけにされた。あん時は穴をふさぐ板が足りなくてほんと参った)

「よっ!」
別の野郎がおれの腕を角材で殴りつけた。腕の中で嫌な音がして、手が変な方向に曲がった。
(デッキの手摺りをワポルの野郎に喰われたことあったな。てか喰うなよ船を。結局あれはドラムを出てから修理にとりかかったんだ。板で補修しながら仲間になったばかりのチョッパーに工具の説明をしたんだったな)

「まだ粘るか?」
笑い声と同時にこめかみに拳が入った。視界がぶれて、足が縺れた。
(舵が折れたこともあったよな。あれは…グランドラインに入るときか…。鯨にぶつかって船首もふっとんだしな。鉄板での補強のコツをつかみはじめたのもあの頃だった)

「ドラッ!」
床に這いつくばったおれの背中に馬鹿野郎がエルボードロップだ。
(そういえば栗のおっさんのとこでちょっと目を離した隙に、ベラミーとかいう連中に真っ二つにされたこともあった。あんときは空に行く予定もあったし、状態も酷かったから、ほんと肝が冷えた。でもおっさんと猿たちが必死でメリーを助けてくれたんだった)

そう、いままで散々痛めつけられたメリーだったけど、どうにか頑張ってきてくれたんだ。やっとやっとあいつを落ち着いて修理してやれる。ありあわせの板や鉄板じゃなくって、プロの船大工たちがあいつを助けてくれるんだ。金ならいくらだってある。金はちょっと今手元を離れちまったが、すぐに取り戻してやる。
メリー、お前をカヤんちのドッグを出た直後の、あのどこも壊れてない、つぎはぎのない状態に戻してやるからな。

『うん!上手い!』
『いいな!!あと帆にも描こう!!』
『よし!完成っ!これで海賊船ゴーイング・メリー号のできあがりだ!!』

初めて黒い旗を風に膨らませたときの羊の顔は、イーストブルーの優しい陽の光のなかで、どこか誇らしげに胸をはっているように見えた。
だからお前もおれたちと一緒に行こう。
どこまでも一緒に。
…。

 

遅刻だ ナミ誕(040706)

ベルメールさんやノジコは気のせいだと笑ったけど、私は二人に出会った日のことをはっきりと覚えてる。
毛布に包まれて道端に転がっていた私は、目の前に横たわる人間の体や、辺りを埋め尽くす焦げた匂いに、のどをぎゅうぎゅうに押さえつけられて、泣き声もあげられないまま目を見開いていた。
突然、体が軽くなって視界が拓け、小さな腕が不器用に私を抱き上げた。
数十センチ持ち上がった視線の先には、頬が黒く煤けた、まるいおでこの女の子がいた。その腕の中で、彼女の綺麗な色の髪の毛が風にふわふわと揺れるのを、私はうっとりと見つめた。
抱きかかえられたまましばらく行くと、汚れた顔の女の人が近づいてきた。その人から降ってくる声は、かつて私を包んでいたミルクの香りがする綿毛布を思い出させ、とても心地が良かったので、私は上機嫌に笑った。
そんな私を覗き込むベルメールさんとノジコの泣き笑いの顔がとても愛しくて、手を伸ばして抱きしめてあげたかった。

********************

今回の航海では百万ベリーを盗んで帰ってくることができた。玄関のポーチに置いた麻の袋からルビーのペンダントが転がり出た。
「あんた、ケガ…」
ノジコは戸口に立つ私の体を見て息をのむ。
「ドジっちゃった」
逃げる直前に海賊どもに見つかって、数発の弾丸が私の腕や足を掠めた。
唇を噛んでいろんな言葉をかみ殺したノジコは、戸棚から薬やガーゼを取り出し、黙って私を椅子に座らせる。
沁みる薬を傷口に塗られながら
「へへ、失敗失敗」
と軽く言ってみる。
「慣れたはずなんだけど油断したみたい。大丈夫!次は巧くやるか…」
「ナミ」
念入りに傷の手当てをしながらノジコは私の言葉を遮った。
「傷が治るまでうちにいるんだよ」
「…うん」
ノジコの声が震えてることに気づかないふりをして、私は窓の外のみかん畑へ目をやった。初夏の日差しに光る葉の間に、まだ全然熟していないみかんの実が見えた。濃い緑の、小さく固い、苦い果実。

ノジコ。ごめん。

今はあの実みたいにあまりに現実が苦くって、楽になる言葉すら出てこない。あんたも苦しんでるのはわかってるけど、ごめん、私と一緒に苦しんで。ごめん。

でもあんたの妹は強いから、絶対に全部を取り返すよ。絶対に絶対に生き抜いて、自由になる。
そのときはあんたのところに真っ先に飛んで帰ってくるから、私を抱きしめて。
遠い遠いあの日に私を抱きかかえた時の、泣き笑いの笑顔を見せて。

 

ほぼ雑記(040204)

ほんの一時期身を寄せていた海賊船での出来事だ。10才になる日だった。
海賊がロビンへ何か欲しいものはないかと問いかけた。
甘えることに慣れていない子供は、少し長い沈黙の後、恐れるような口調で言った。
「花が欲しいの。…ピンクの小さな」
海賊は少し困った顔をした。それというのも陸地は視界にすら入らなかったし、なによりそこは氷山が浮かぶ冬島の海域で、春はあまりに遠かった。
うつむいてスカートをぎゅっと握り締めるとロビンは「やっぱりいい。今のウソ」と低く早口で言い置いて、自分の船室へ駆けて行ってしまった。
翌朝目を覚ましたロビンがデッキへ出ると、大きな氷を削って造った花があった。徹夜で彫刻の作業をしたらしい船員たちが、手や顔を氷の冷たさに赤くしながらロビンに笑いかけた。
ピンクでも小さくもないけれど、ロビンはずいぶん長い時間、氷の花を見つめていた。

 

生誕祝になるのかどうか、アラバスタ(040130)

砂漠の民の衣装は頭からすっぽりと布で覆われるので、おれみたいにそれとなく顔を隠したい人間にはありがたい。
王都には復興しつつある国の活気があふれていて、道行く人々の表情も明るい。
左右を家臣に守られて向うから歩いてくる彼女は、王族に相応しい安らかな顔をしていた。
おれと一緒に居た頃の彼女の顔は、いつも固く強張っていて、極度に緊張していた。そのせいで時折深夜に嘔吐したり、腹痛に脂汗を浮かべたりしていた。

雑踏の中で次第に近づいてきた彼女の声も、あの頃とは比べ物にならないほど穏やかで、大地に染み込むように潤っていた。淡く色づいた唇が可憐にほころんで、陽の光を集めた瞳は優しい形をしていた。
――よかった。良い顔で笑っている。
人込みに紛れてすれ違いながら、彼女はいまゆるぎなくしあわせなのだと確信する。
君のその笑顔を胸にこの国を去ろう。幸福に過ごしたまえ、バイバイベイ…

「ぶわっ!?…ぐ、げっ…がっ!」

突然後ろから乱暴に肩を掴まれて、無理矢理振り向かされたところに強烈な往復びんたを食らい、道の真ん中で仰向けにひっくりかえった。

「…なっ!…いっ…だ…っ!…」

おれの上に馬乗りになって、さらにびんたを繰り出しているのは、かつてのパートナー、ミス・ウェンズデーだった。いやアラバスタ王国王女ネフェルタリ・ビビ。

「なんで黙って行こうとするのっ!?ナメんじゃないわよっ!!」

ミス・ウェンズデー、君の家臣はありえないほど驚いた顔をしているよ。
かつては見せることの無かった涙と鼻水をぼたぼたとたらしながら、凄まじい形相で彼女はおれを殴り続けている。そんな顔もできるようになったのは良いことだと思う。
振り下ろす手の力が弱まり、ひとつ盛大にしゃくりあげてから、彼女は勢い良くおれにしがみついた。

 

年末に書いた雑記より(031230)

ベッドに入った自分とナミにおやすみのキスをしたベルメールの、柔らかですこし荒れた手の心地よい温もりを思い出す。そして横で健やかな寝息を立てているナミの体温を確かめる。
寝返りをうつと真冬の空気に冷やされたシーツが頬にあたった。

『ベルメールさんとナミと、笑って、ほっぺたやおでこをくっつけあって、毎日過ごせたら、それでいい』
私にとって大切なのは、二人といられる普通の毎日。

いつまでも、今日が明日に続いていきますように。明日が来年に続いていきますように。
そう小さく祈りを唱えながら、ノジコは柔らかな眠りに包まれていった。

 

無題(031107)

海から吹き上げてきた風を体中に受け、まぶたを閉じる。

「やっぱり海のそばが落ち着く?」

傍らの人間がナミへ問いかける。

「ううん。潮風はべたべたするからうんざりするわ」

ゆっくりと目を開いていくにつれ、青く輝く海が視界を覆っていく。沖では波が砕きあって飛沫を散らし、近くを飛ぶ海鳥の白と混ざりあう。深みのない色をした空には、切れ端程度の雲が浮かび、明日までの晴天を約束している。

「ほんとうは海賊に戻りたい?」
「まさか」

すうっと息を吸う。

「海賊なんてだいっきらいよ」

ナミの朗らかな声は風に乗って高く高く舞い上がり、海のどこかにいる特別な海賊船に届くかもしれない。その震えまでも。

 

いやもうほんとに痛いオタクでごめんなさい  (031022)

ずいぶん長いこと森で暮らした。恐れられ忌まれる己にも慣れてしまった。端も見えぬほど長大に成り果てた己が体をひきずり、ばかばかしいほど終わりの来ない命を生きていた。
どこかを探していたような気も、誰かを探していたような気もするが、長い長い時間が邪魔をして、どうしても思い出せない。思い出せないことも忘れてしまった。

* * * * * * * *

天と地を、禍々しく輝く柱が結ぶ。恐怖の象徴のような男がもたらす災いだった。
数時間前に件の男から雷を浴びせられてから、体が思うように動かない。目を見開くことも、口を開けることも、体をうねらせることもできない。意識が振り子のように遠のいたり近づいたりするのを懸命に留めようとするが、かなわない。夢と現とをふらふらとさまよう間に、なつかしい、なつかしいひとたちが己を覗き込んでいた。ずっとさがしていたひとたち。

どうして忘れていたんだろう。どうして思い出せなかったんだろう。

喜びに、動かぬ体を動かし、声の出ぬ口を震わせたが、残酷に幻は消えた。
わかっていた。忘れていたのは、思い出せなかったのは、彼らに会えぬまま永遠を生きねばならぬ己を守るためだった。

しかし今、彼らを思い出すことが許された。
もう、体はぴくりとも動かせず、開いているはずの目に映るものは夜の闇だけで、焼け焦げた臭いは己から立ち上っていることがわかる。長い孤独な生が終わるときが来たのだ。

闇が急速に光に覆われ、光の中からやさしかったひとたちが現れた。
「おい、ノラ、こんなところにいたのか」
「お前、いま巻きついてるのはな、結構神聖な石碑なんだぞ」
「チュラ〜」
「そうか、気に入ったか」
「って、わかるのかお前!?」
「あぁ!学者だしな」
「…植物の学者だと聞いたが…」
「チュラ〜」
「はは、こいつも笑ってやがる」
「じゃぁノラ!今からお前の好きな鐘を鳴らすぞ!」
「チュラ!」

シャンディアの遺跡で数度の落雷を受けたうわばみが、一体いつその長い生を終わらせたのか、知る者はいない。ただ最後に、遥かなる上空から美しい鐘の音が降りそそぎ、うわばみを包み込んだことだけは、確かだ。

 

へんな雑文乱文 ダブルパロ、しかもダークですみません (030918)

昔見た映画の設定で。ウソップとサンジさんとチョパしか出てきません。
読後感の悪さに耐えられないかもしれませんので、嫌な予感がする人はバックダッシュをお勧めします。

ウソップとサンジ。二人はスラムで育った幼馴染でした。やんちゃな二人は一緒に盗みに入りましたが、見つかってしまいました。走って逃げる中、サンジはすこしだけウソップよりも後ろを走っていたため一人だけ捕まってしまいました。サンジは少年院に入れられてしまい、ウソップはそのまま町の少年として育ちます。サンジは最初につかまった事件をきっかけに刑務所を出たり入ったりしながら大人になりました。そのうちに暗黒街の大物になり、マフィアの貴公子と呼ばれるようになりました。いわばスラムのヒーローです。ウソップは町の牧師さんにあれこれ面倒を見られているうちに、自分も牧師になりました。
でも二人の友情は変わりませんでした。サンジは牧師のウソップが大切だし、ウソップも暗黒街の住人サンジが大切でした。



ある日サンジは人を殺しました。地上げをして貧しいスラムの人を追い出したりしていた人を、自分の手で殺しました。サンジは警察にまた捕まってしまいましたが、スラムの人にとっては悪人をやっつけてくれたヒーローです。今までにも罪を重ねてきているサンジは、今回はついに死刑になるでしょう。それでも死刑になってまで悪人を殺してくれたと、サンジの人気はスラムで高まるばかり。
「牧師さま!牧師さまはプリンスサンジのお友達なんだよね!」
サンジはスラムでは尊敬の気持ちをこめて"プリンス"の称号をつけて呼ばれます。
「そうだよ、チョッパー」
チョッパーはみなしごです。素直な子で、ウソップがなにかと面倒を見ています。
「牧師さま!俺ね、将来サンジみたいになりたい!悪い奴なんてぶっ殺してやるんだ!」
「…チョッパー、お前の夢は誰かをぶっ殺すことだったかい?お前は医者になって病気の人の力になりたいんじゃなかったかい?」
「だって!サンジかっこいいもん!俺、あんなふうになりたいんだ!」
「死刑になってもかい?」
「死刑だってへっちゃらだよ。プリンスサンジは死刑になっても最後までかっこいいはずだもん」
ほかの子供も口々に俺も、俺もと騒ぎ立てます。おれもあくにんをころす、ころしてやるんだ、死刑なんてへっちゃらだ、大人になったらマフィアになるんだ、ヒーローになるんだと。







「よぉ!」
面会に来たウソップにサンジは軽く手を振りました。街角で会ったみたいに軽い挨拶で、とても死刑囚とは思えません。ウソップから差し入れられたタバコを吸いながらサンジは言いました。

「週末、俺の死刑が執行される。いいんだ、俺の人生に後悔はない。プリンスサンジの名にふさわしく堂々と死刑台にあがってやるよ。新聞記者達も俺の死刑記事を書くために取材に来るんだ、トップ記事にふさわしい死に様を見せつけるさ」

しばらく黙っていたウソップはやっとのことで言葉を吐き出しました。

「サンジ、頼みがある」
「ん?なんだ?」
「…みっともなく、かっこわるく、死んでくれないか?」
「…はぁ!??」

思いもかけないウソップの依頼にサンジも絶句してしまいました。

「お前にあこがれてる子供がたくさんいるんだ。お前のことは大切な友達だ。でも、お前みたいな生き方はしてほしくない。…この町は堕ちようと思ったら簡単に堕ちていける町だ。俺は、お前にあこがれている子供達が心配でしょうがない…。子供達には希望に向かって歩いて欲しい。お前の魅力は、子供達には抵抗できないほどの光る毒なんだ。お前がせめて死刑台で醜態を晒してくれたら、子供達だってマフィアへのあこがれを捨てると思うんだ」
「てめぇ!」

ウソップに殴りかかろうとしたサンジを係員が後ろから羽交い絞めにして止めます。

「俺は自分の人生に悔いはねぇ!恥ずかしいとも思ってねぇ!死刑台の上でも俺らしく、誇りをもって死んでやる!それが俺の、俺の最後のプライドだ!それをっ!」

面会打ち切りを叫ぶ係員がサンジを奥の部屋へ連れて行こうとします。抵抗するサンジは必死でウソップをにらみながら叫びました。

「それをお前は捨てろっていうのか!親友のお前が!俺の人生最後の誇りを捨てろと!俺のプライドをっ!お前なんかもう友達でもなんでもねぇ!」

面会室に取り残されたウソップの耳に、サンジの声が響きました。








ついにサンジの死刑の日が来ました。ウソップはサンジの友達であることは広く知られていましたので死刑に立ち会うことを許されました。部屋はガラスで仕切られていて、ウソップがいる立会い者側には椅子が並び、新聞記者や何人かの関係者が座っていました。ガラスの向こう側は、一段高くなっていて、そこでサンジの死刑が執行されるのです。

ガラスの向こうに見えていた扉が開き、刑務官に連れられたサンジが出てきました。すらりとしたしなやかな体に、金髪に縁取られた美貌。死刑台の上ですらサンジは美しく、さらに人を引き付けずにはいられない魅力をたたえていました。新聞記者達の口からはサンジのあまりの魅力にため息が漏れました。彼ら記者達にとっても、暗黒街の貴公子は英雄的な存在でした。

ガラスの向こうからサンジがウソップを見ました。それまでは皮肉めいた表情を浮かべていたサンジの目が、ウソップに向かってきつく光りました。あの面会以来、ウソップの面会をサンジは拒否しつづけていました。親友と最後に理解しあえないまま別れてしまう悲しみに、ウソップの心が深く沈みました。
険しいサンジの目と暗いウソップの目がしばらくお互いを映した後。
サンジが、困ったように小さく笑って、ウソップにだけわかる、小さなウィンクをしました。
そして。

「た、たすけてくれよ…」

ガラスの向こうから記者達の耳に信じがたい言葉が聞こえてきました。

「俺は死にたくねぇ、なぁたすけてくれよ」

サンジが、なんと命乞いを始めたのです。刑務官も戸惑いながらも、足を前に進めようとしないサンジを叱咤します。刑務官もまさかサンジがみっともなく抵抗するなんて思ってもみなかったのです。
記者達の間に失笑が起こりました。スラムのヒーロー。プリンスサンジ。その英雄的な死を取材に来たのに、なんたる醜態。結局悪党の末路はこんなものなのだと、記者たちの表情は語っていました。そしてやむことなく続くサンジの命乞いの言葉に、記者たちは耳をふさぎたそうな、失望に苛立ったような顔をして、メモを書く手を動かし続けていました。


ウソップはとめどなくあふれる涙をぬぐうこともなく、ただ、サンジを見つめていました。親友の命が尽きても、いつまでも部屋に立ち尽くしていました。








「牧師さま!」
帰ってきたウソップの元に、チョッパーが走り寄って来ました。他の子供達も次々にやって来ました。
「牧師さま!プリンスの死刑はどうだったの?勇敢で、かっこよかったんだろ?」
自分を取り囲む透明な輝きを持つ瞳をウソップはゆっくりと見回して言いました。
「…サンジの死は、臆病だった。最後まで命乞いをしていたよ」
子供達が息を飲みました。チョッパーの震える声が言いました。
「そんなはずはない!プリンスが命乞いなんてするはずがないよ!牧師さまは嘘をついてる!」
「ほんとうだよ、チョッパー。もうすぐ夕刊が配られる。新聞記者もいたから、サンジの処刑について詳しく書いてあるだろう。今、言ったとおりのことが書いてあるはずだよ」
その言葉の穏やかさが、子供達に事実を悟らせました。一人、また一人とうなだれ、引きずるような足取りでウソップの元を離れて行きました。
「牧師さま…サンジはヒーローじゃなかったんだね」
「そうだよ、チョッパー」
最後に残ったチョッパーは、はらはらと涙を流しました。失望の涙を。もうきっとマフィアにあこがれることもないでしょう。
ウソップは教会の中へチョッパーを促しながら言いました。

「さぁ、チョッパー、一緒に祈ってくれ。ヒーローではなかったが、俺の親友だった男のために」

 

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