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| 笑う男 |



「おっさん」
「ゼフだ」
「ふーん、おっさんはゼフってのか。俺はルフィだ」
「何度も聞いた」
「で、おっさんさ」
「…」
「なんであいつに足やったんだ?」


壮年の男は、無邪気な顔で他人の血肉の話を聞きたがるガキをしかめ顔で見下ろす。デッキには心地よい風が吹き、眼前には割られた船のヒレが木片になり浮かぶ海。
ガキの細い腕には絆創膏。絆創膏の下には槍の痕がまだ血を溜めているだろう。
ゼフの顔をあどけなく見つめたまま答えを待つ。

「おっさんはそんなに生き汚い人間でもないだろ?」

問いではなく確認。

「なんで?」

なんで足を断った?自分を削った?

話をしようと思ったのは、この少年の顔が、クリークを倒したときよりも頼りなく見えたからだ。どこかの馬鹿な子供に似て見えたからだ。



「知った男がいて、もう9年会っていない」
「うん」

「最後に会ったとき、いきなり片腕がなかった」
「うん」

「面白いガキに喰わせてやった、と」
「うん」
「そいつは、えらく面白い海賊だった。腕っ節も強く、若い割にはやる奴だと評判だったんだが、利き腕が無くちゃ腕っ節もへったくれもねぇ」
フン、ゼフは誰に向けたのか、鼻で小さく笑った。男か、自分か。

「ガキひとり助けるために馬鹿なことをしたもんだ。海賊としての価値はかろうじて下がらなかったが、一人の戦士としての価値はもう無くなっちまった」
「うん」

「奴は俺がそう云ってた間も、ニヤニヤ笑ってるだけで、正直、頭がどうにかしてると思ったもんさ」
そのときを思い出し、ゼフのヒゲが不機嫌に揺れた。

「奴は俺のメシをたらふく喰った後こう云った」


腕を喰わせはしたが、それで俺が不幸せかって言えば、そうじゃねぇことくらい見りゃわかるだろ?


「奴は去った。それが最後だ」
目を細めて水平線を見る。そこに腕を無くした男の船でも見ようとするかのように。

「チビナスの船を襲ったのはそれから1週間後。足の肉を岩ですり潰してる間、その男を何度も思い出した」
「…そうか」

静かな表情でゼフの話を聞いていた少年は、コクリとうなずき、麦わら帽子を確かめるように触った。くるり、ゼフを見上げる。

「おっさんはその赤い髪の男から、ガキに腕をやった話を聞かなけりゃよかったと思うか?」
「どうしてだ?」
「きっかけじゃなかったのか?」
「あぁ、きっかけだ」
返事に迷いはない。影響を受けたのは事実。

「聞かなけりゃ足を無くさなかっただろ」
「足を無くさないまま、今はここに生きちゃいねぇだろ俺も、」
顎をドアへしゃくると丸窓の向こうに薄く煙が見える。あいつも。

ドアに意識を向けたルフィを、斜め後ろから見ながら、頬の線が本当に幼い子供の形をしていると思う。そして何か云ってやりたいと思う。

「…奴の最後の言葉も、自分が云った言葉みたいに解かる」
「…」
黒い目がじっとゼフを見る。
「引き換えにしたものに比べたら、手足なんてなんの価値もねぇ」


風に夕餉の香りが混ざり始める。日の光が赤色を増す。

「おっさん」
「ゼフだ」
「俺、おっさんと話せてよかったぞ」
「…そうか」


カッ、ゼフがキッチンへと向きを換えた。歩き出す前にルフィに問う。
「俺は腕を無くした海賊の髪の色をお前に言ったか?」
「言ったさ」
「…もうすぐメシの時間になる。20分後に」
またドアを見る。
「一緒に食堂へ来い」
「おう!」

カッ、コツ、カッ、コツ。
いびつな足音を立ててゼフが歩き去った。いびつだけど、心地の良い。




「おい、お前」
ドアを開けると足元に力なく座っている黒スーツ。
「邪魔だよ、ドア、ちょっとしか開かねーじゃねーか」
ゴムが薄く伸びてどうにか入ってくる。

「ん?泣いてる?」

しゃがみこんで膝に顔をうずめている男を、金髪の下から覗き込む。
「…クソゴム」
「ん?」
「お前を絞め殺すぐらい抱きしめていいデスか?」
「んーん、イイよ。俺もそうしなきゃどうにかなっちまいそうだった」

そういって笑うルフィの顎にも涙が伝った。

あとは、きつく、きつく。

(030719:完)

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