Love Letter
■ She is His Sweetheart T
| 早朝の学校はまるで神聖なもののように廊下や壁までもがキラキラしているような気がする。 瑞穂高校バスケットボール部員の石井努は、朝の学校が大好きだ。もちろん早起きは不得意で、毎朝 目覚まし時計との格闘は耐えないが、(ちなみに数十個壊は壊している)学校に来てしまえば、大好きなバスケットが好きなだけできるのだ。気持ちが高まらないわけはない。しかも朝練前のこの時間であればまだ誰もきてない体育館も貸切でまるで自分だけの空間になり、なんでもできそうな気がする。 (今日もみんなが来る前にフリースローの練習しないとな・・・) 石井がそう今日のメニューを考えながら体育館に近づいたとき、聞きなれた音が聞こてきた。 ガコン!バンバンバン・・・ ボールが弾む音。 「もう誰かきてるのかよ〜」 朝練まではまだ30分以上もある。完全に一番のりだと思っていた石井は面食らった。自分よりバスケ好 きな奴がいるなんて、誰だろう。オヤジだろうか?チップアウトの練習が足りないって言ってたもんな・・。「オッス!オヤ・・・」 石井の目の前でバスケットボールが綺麗な弧を描き、リングに吸い込まれていった。 ひとつにくくられた色素の薄い長い髪が左右にゆれ、その人物が石井の入ってきた方へと振り向いた。 「あれ、石井君。おはよう。」 森高麻衣だった。顔がほんのり赤く上気し、シャツの色が濡れて変わっているところをみると、おそらく だいぶ前から来て練習していたのだろう。 「オッス!森高。なんだよ早いな。」 二人で会話をかわすのなんてどれくらいぶりだろう。石井はそんなことを考えながら、自分もシュート練習体制に入る。ガコン! 「ナイスシュート」 麻衣も石井のシュートにうながされるようにシュート練習を始める。二つのボールが同じリングを交互に くぐっていく。 「てゆうか、どうしたんだよ。その調子だとずいぶん前から来てたんだろ?」 「ん・・・ちょっと・・・。スリィがちゃんと確実に入るようにしようと思って」 麻衣が頼りなく笑ったとき、ボールががリングにあたり、ガコン!と大きな音を立てて石井の横を転がって いった。石井は、ふと先週の女バスの試合を思い出した。確か神奈川4強のどこかとの練習試合が あったのだが僅差で負けたことをトーヤが話していたっけ。。。男バスと違って、女バスは名門であって 負けることなど許されない。よっぽど氷室先生に叱られたに違いない。そういえば、3ポイントシュート の差で勝敗がついたとか・・・。石井ははずしたボールを拾いに行った麻衣の後ろ姿をみてピンときた。 (なるほど、3ポイントシューターね・・・)試合に負けた後の悔しさと、決して負けたことの責任をとがめない優しいメンバーの中にいる辛さは自分もよく知っていた。 石井はそんな麻衣をみて、昔の自分を重ね、 なんだかほっておけないような気がしてきた。 「おれ、ディフェンスやってやろうか?」 麻衣は石井の意外な申し出に、きょとんと、大きな目をさらに大きくした。 「みんなが来る前にこっそりやりたいんだろ。」 「・・・あは、見透かされちゃったね・・・。じゃあ、お願い!」 麻衣は、石井に自分の考えていたことを読まれ、少し恥ずかしかったが、それでも協力してくる石井の 優しさがとてもあたたくて断る気にならなかったし、実際とてもありがたい申し出だったのでお願いする ことにした。 石井は三浦のスリィの練習につきあったことがあるため、どういう角度のディフェンスを嫌がるのか、また シュートコースを塞ぐ方法を知っていた。また、いつも三浦の相手しかしてなかったため、女性とはいえ ほかのスリィポイントシューターの練習をみることは彼にとっても有意義だった。ときおり麻衣に、三浦の シュートを思い出してアドバイスもしてみる。 「もう少しこう、ひじの角度を変えてさ」 麻衣は男性の、しかも石井のような190センチのディフェンスの前に苦戦していた。なかなかうまくシュートは決まらない。 「こうかな?」 麻衣も素直な性格のため、きちんと石井のアドバイスをうけている。そんな麻衣の態度に石井は好感を もった。なるほどな。。。哀川が気に入るわけだぜ。もっと一生懸命に教えたくなるじゃねーか。 石井のディフェンスにも熱がはいる。誰もいない体育間には真剣なふたりの影が動き回っていた。 練習開始からしばらくして、麻衣のシュートの入る確率が高くなってきた。 「そうそう、そのタイミングだ!」 「うん!」 そのとき、ディフェンスに力が入っていた石井のバランスが崩れた。 「と、と、とと!!」 重心が傾き、一気に前に倒れ掛かる。 「きゃっ!!!」 「うわっ!!」 麻衣がよけるまもなく、石井の体が麻衣の体の上に倒れこんだ。とっさに手で体を支える。 ふわっと瞬間、甘い香りが石井の鼻腔をくすぐった。麻衣の香りだ。甘い、柑橘系の女の子の匂いだ。 ドクン・・・。石井の心臓が少し高くなった気がした。頭を床に軽くうって、少し痛そうな顔をした麻衣と 視線が重なる。その距離30センチ。石井はあわてて体をおこした。 「わ、わりぃ!」 ぷにっ。 手になんともいえない柔らかい感触が伝わってきた。 ??? 「きゃああっ!!」 麻衣が叫んだ。石井は恐る恐る自分の手をみると、見事に麻衣の胸をわしづかみにしていた。 「ごごごご、ごめ・・・」 石井はあわてふためき、赤くなりながら弁解をしようとしたが、それは最後まで伝えることはできなか った。パチン!!!! 麻衣の見事な平手打ちが石井の頬にうちこまれる。 麻衣は真っ赤にそまり、今にも泣きだしそうな顔で立ち上がると、走って体育館から出て行ってしまった。 石井は独りぽつんと残されながらまるで狐につままれたような気持ちで、両手を見た。 先ほどの感触がよみがえってくる。一見華奢だと思ってた森高の体は柔らかく、そして意外にも・・・。 「わわわ。おれ、やばいじゃんっ」 石井がまだ座り込んで、必死に邪念を振り払おうと頭を横にふっていると、後ろから声が聞こえた。 「おっはよ!!石井ちゃん。早いねー」 「オッス、努」 振り向くと、哀川と土橋が立っていた。石井はあわててたちあがる。 「お、おう!!ふ、二人ともおせーなー」 「??努、顔が赤いけど大丈夫か??」 土橋が石井の様子を怪しんでいる。哀川も首をかしげて心配そうにのぞいてきた。 哀川と麻衣が付き合ってはいないとはいえ、いい感じなのは周囲の誰もが知っていた。石井もそのうち の1人だ。石井は先ほどの森高との練習を思い出し、何も悪いことはしてないとは思いつつも、なんとなく 哀川に対して後ろめたかった。 「な、なんでもねーよ。ほれ、練習始めようぜ」 石井は精一杯平静を装って、シュート練習をはじめた。 朝練の時間になり、拓、トーヤ、三浦も加わりいつものメニューがはじまった。女バスのメンバーも集まり森高もいつのまにか戻ってきていた。石井の先ほどの不可抗力ではあるがラッキーな事件を森高に 謝ったほうがいいのか、触れないほうがいいのか迷い、女バスの方が気になって練習どころでは なくなっていた。氷室先生に見透かされ、 「こら!!努!集中しな」 と怒られもしてしまった。 (はぁ・・・どうしよう・・・) そのとき、女バスの方から石井の足元にボールが転がってきた。 石井がボールを拾うと、麻衣が石井の所までわざわざ取りに来た。石井の心臓がドクンと高鳴る。 「も、森高。あの、さっきは・・・」 「石井君、今日はありがとう。さっきはびっくりして叩いちゃってごめんね」 「あ、いや・・・」 麻衣は小さく笑うと、走って戻っていった。おそらく、石井に今のお礼を言うためにわざとボールを こっちまで転がしたのだろう。石井はなんとなく歯がゆいような、くすぐったいような気持ちになり、 パワーが全身にみなぎってきたような気がしてきた。 「よっしゃ!三浦!パスだ!」 石井の突然のはりきりように少しびっくりしながらも、三浦が絶妙なタイミングでパスを出した。 石井はスピードにのりながら得意のアリウープを決める。その速さと力強さに体育館に轟音が響き渡る。 「ふふ、調子いいね」 三浦が手をだしてきたので、パチンと上からあわせる。今のシュートで何人かの女バスのメンバーも 石井に注目していた。石井は無意識に麻衣の姿を探す。 麻衣は口パクでナイスシュートといって、子供をあやすように困ったように小さく笑っていた。 石井は何年かぶりに甘い気持ちが湧き上がるのを感じたがこれがなんなのかは本人もまだ知らない。 To Be Continued. |
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