Love Letter
■ She is His Sweetheart U
| 女子バスケ部の部室では、今日もメンバーが長椅子を中心に輪になって、森高麻衣に起きている 一連の事件についての対策案を練っていた。 「森高ー、本当に大丈夫?!」 今にも泣きそうな表情で椅子に腰を下ろしている麻衣の肩に手をかけ、夢津美はため息混じりに言った。 「麻衣、これで何度目なの」 大神も心配そうにたずねた。 「うん・・・。4回目・・・かな」 「し、信じられない!!どれもこれも同じ時間なの!?」 夢津美がにぎりこぶしをかがげながら怒りをあらわにする。他の部員たちもそれに賛同するように、 それぞれうなずいたり、相槌をうつ。 森高麻衣が通学中の電車で痴漢に合うのはこれで四度目だった。毎朝、朝練のため普通の学生より 早い電車に乗っているのだが、それでも非常に混んでいる。サラリーマン、学生、みんな密着して 乗っているため、誰が麻衣のお尻を触っているのかなど見当がつかない。しかも、犯行はいづれも麻衣が降りる駅の直前の場合が多いため、一瞬の間に行われる。 1週間で2回。さすがに車両を変えたり、一本いつもの電車をずらしたりもしてみたが、今週になっても 続いていた。麻衣が、いよいよ怖くなってきて女バスのメンバーに相談をするようなったのもそのせいだ。 「ど、どうしよー。むっちゃん・・・」 麻衣が涙ながらに訴える。 「うーん・・・。かくなるうえは・・・」 夢津美の目が光った。 「ふあぁあああああ・・・」 石井努は5時限目の終了のチャイムと同時に大きなあくびをした。苦手な古典の授業が終わり、ようやく 眠りから開放されたところだ。 「オヤジ、マガジン読み終わったー?」 石井がすぐ近くで漫画を読んでいる土橋をからかおうとしたとき、廊下の方からクラスメイトの田中が声を かけてきた。 「石井ー!お前にお客だぞー」 「んあー?!」 振り向くと、そこには秋吉夢津美が手をふってたっている。その後ろに半ば隠れるようにして森高 麻衣の姿も見えた。 「俺に用事?なんだよ、秋吉」 石井は、夢津美にそういうと、麻衣の方を横目に見た。麻衣はそれに気づき、申し訳なさそうに肩をすく めている。 「あんたさー、明日から電車通学に変えてくんない?」 「はあー?」 あまりにも唐突な頼みごとに、思わず突拍子もない声を上げる。 「なーに言ってんの。俺はチャリンコ通学だっつーの!」 「そんなの知ってるわよ!だぁかぁらー、自転車やめてしばらく電車にしてよ」 夢津美がイラついたように言い放つ。石井もさすがにこの横暴な態度には度肝を抜かれた。 「むっ、むっちゃんてばっ・・・」 麻衣が、慌ててフォローに入る。 「もうちょっと詳しく話せよ」 石井が聞いた話の内容はこうだった。麻衣は二週間前から通学電車で痴漢にあい、困っていた。 そこで女バスのメンバーで話し合った結果、ボディガードをつけることにしたが、あいにく、女バスで 森高と同じ電車で同じ方面のメンバーはいない。そこで、麻衣と駅が一つ違いの石井の名前があがった とのことだった。 「哀川はどうしてんの。哀川に頼めばいいだろ?」 率直な疑問にぶち当たり、石井が尋ねた。 「哀川君は逆方向じゃない。夜はバイトもあるし、麻衣と帰る時間があわないのよ。」 夢津美がウィンクをした。 「哀川君にはもう石井君に頼むことは言ってあるし。石井ちゃんなら安心だーって喜んでたわよ」 げ。まじかよ。。。、あまりのてぎわのよさに石井の脳裏に嫌な予感が走る。 「そ、そうだ!森高。俺、バイト今してねーし、通学するのに定期も買えないからさー・・・」 「ふっふっふ・・・」 ギクリ。夢津美が不適な笑みを浮かべる。 「さっき石井君のお父さんに、氷室先生から電話して伝えてもらったわ。そしたら石井君のおじ様 かなり熱く盛り上がってくれたみたいで、『よし!努に必ず麻衣ちゃんの痴漢をつかまえさせてやる!』 って張り切って快く協力してくれたって。安心して。定期代も出してくれるらしいわよ」 「ばっ、馬鹿オヤジ〜!!!」 石井は自分の親の姿を想像し、恥ずかしくなった。同時に、まんまと先手をついている秋吉の戦法に いとも簡単にひっかかってしまったことを情けなく思っていた。 「石井君・・・ごめんね。やっぱり、無理なお願いだよね・・・」 麻衣が申し訳なさそうに、げんなりしている石井の顔をのぞきこんだ。その本当にすまなそうな表情に 石井の良心がチクンと痛む。 (そうだよな・・・こいつは被害者だし、罪はないもんな・・・) 「ふー・・・。オーケー。参りました。オヤジも電車代出してくれるって言うし、明日から一緒に通うよ。」 夢津美と麻衣の表情がぱぁっと明るくなった。 「本当にいいの?!よかったねー、麻衣!」 「うん!石井君、すごい助かる。ありがとう!」 麻衣が笑顔を石井に向ける。 「じゃあ、明日から朝7時に駅でな。早く犯人分かるといいな。」 石井はポンと麻衣の頭に優しく手を下ろし、教室に戻っていった。麻衣はその石井の優しいしぐさに一瞬、ドキっとしたがすぐに夢津美の声で我に返った。 「サンキュー!石井君。 麻衣、ほんとよかったねー。あいつ、ちょっと軽いけどいい奴だし、あのガタイ なら、痴漢もそうそう近寄れないでしょ」 「ふふふ。むっちゃんも一緒に頼んでくれてありがとね。」 「半強制しちゃったけどねー」 夢津美はぺろっと舌を出してみせた。二人はあははっと笑うと自分たちの教室に戻っていった。 ジリリリリリリ・・・・・・。 聞きなれた目覚まし時計の音が部屋中をこだましている。ああ、もう朝か。。。でも大丈夫。この 目覚ましが鳴り出した後、30分間の二度寝が勝負だ。。。。さて、もうひと眠り・・・ 石井がいつもの朝と同じように、また布団を深くかぶろうとした瞬間のことだった。 「こら!!!努!!電車に乗り遅れるぞ!!!」 朝からハイテンションな父親の怒号が耳元で鳴り響く。 「うっせー!!馬鹿オヤジ!俺は電車じゃなくて、チャリンコ・・・・はっ!!!」 そうだった。今日から森高と電車で通うんだった。石井は慌てて起き上がる。 「やべぇ!今何時だ!?オヤジ、邪魔だ!えっと、顔洗って、制服着て・・・!」 石井は5分で仕度をすると、パンをくわえつつ家を飛び出した。 「息子ー!頑張れよー!!」 のんきにオヤジが石井の後ろ姿に声援を送っている。石井は振り返りもせず、駅にむかった。 時計をみると、約束の時間より、5分遅れてしまっていた。ようやく改札までたどり着くと、見慣れた制服 姿の森高麻衣がそこに立っていた。 「悪りぃ、寝坊した」 石井が息をきらしながら素直に謝る。麻衣はにっこりと微笑んだ。 「ううん。ありがとう、走ってきてくれたんだね。」 麻衣の笑顔に石井は少し赤くなり、てれを隠すように先を促した。 「あ、いや・・・ 行こうぜ」 うん。麻衣はうなずいて、石井の後ろについて改札をくぐりホームへと向かっていった。 電車に乗ると、予想以上の混雑で石井は驚いた。 朝早いにもかかわらず、サラリーマンやら学生やらにギュウギュウに押され、身動きもままならない状態 だ。これじゃあ、麻衣が痴漢にあっても犯人が分からないのも納得できるせ。石井は背が高く、体が大 きい分、他の乗客にとっては単なる邪魔者にすぎない。きまづい思いをしつつ、早くも電車通学にしたこと を後悔しつつあった。 「ごめんね、石井君」 麻衣は窮屈そうな石井の顔を、本当に申し訳なさそうに覗き込む。 「あ、いや。森高もこんな込んでる電車、毎日大変だな」 心の中を見透かされたような気がして、石井はちょっとだけ反省した。 「一年のときだから慣れちゃった」 「そっかぁ。俺はずっとチャリンコだったから、電車通学の奴らがこんな大変だなんて思わなかったぜ」 石井が感心したように言うと、麻衣はふふっと笑った。 「あ、そうだ。朝、ちょっと遅刻して悪かったな。昨日ドラマ見てたらさ、寝るの遅くなっちまって朝寝坊 しちまった。」 「あ、もしかして昨日からはじまった月9のドラマ?」 「そうそう!ヤギちゃん、超可愛いよな。」 「あはは、石井君、八木ちゃんタイプが好きなんだ。」 麻衣が楽しそうに笑ったので、石井は少し恥ずかしくなった。 「なんだよ。可愛いじゃん。そういう森高はどうせ坂口とか言うんだぜ」 「う、ばれてる。。。」 昨日のドラマの話題で盛り上がり、いつの間にか降りる駅まであと一つということになったとき、麻衣の 表情が深刻になった。 「いつも、この辺であうの」 「まじで?!」 石井は周りを見渡してみる。サラリーマンが何人かと、次の駅が瑞穂高校の最寄駅ということもあって、 ほとんど学生しかいない。どうやら怪しい人物はいなそうだ。 「今日は大丈夫みたいだな」 「うん。そうみたい。ありがとう」石井と麻衣は校庭に入り、靴箱のところで別れた。 それからいつものように朝の練習を行い、一時限目の授業をうけるべく教室に戻ったそのときだった。 「努〜!!見たぜ!」 同じクラスの野球部の小林が教室に入ったとたん、ニヤニヤと笑いながら石井の首に手を回してきた。 「んあ〜?何だよ、コバ」 石井が理由もわからず怪訝そうに回された手を振り払おうとしていると、今度はサッカー部の山田が 半ば怒り口調で話してきた。 「みずくさいぞ、努。森高さんと付き合ってるならそう言えよな」 「はぁーーー!??」 「今朝、一緒に登校してただろ」 小林が山田に加勢するようにすかさず突っ込む。石井は、はっとなった。ゲゲゲ・・・。そういえば、朝 校庭でサッカー部と野球部が朝練していたことを思い出した。どうやら一緒に登校しているところを 目撃されたらしい。 「ち、ちげーよ!付き合ってないっつーの。」 石井は慌てて弁解したが、一緒に登校した事実は免れない。しかも小林と山田の追求はひるまない。 「だって、一緒に登校してただろー」 「いいなぁ・・・。森高さん、超可愛いじゃん。うちの学年で結構人気あるんだぜ」 「だから、違うって・・!!」 チャイムの音と同時に氷室恭子が教室に入ってきた。一時限目は英語の授業だった。 「ほら、そこ座りなさーい」 なんとか、とりあえず逃げられたが、噂になるのは覚悟しておこうと石井は諦めた。 そうか、周りの目からみたら付き合ってるように見えるよな。 おれが自転車通学やめて、朝一緒に登校してるなんて不自然すぎるもんなぁ。 石井は森高の方もきっとからかわれてるに違いないと思い、気の毒に思った。まぁ、哀川も知っている わけだし、大丈夫だろ。石井は後ろめたい気持ちをごまかすようにそう自分に言い聞かせてた。 それにしても、以外だったのは通学が楽しかったことだ。 バスケだけでなく、ドラマの話や、芸能ネタでも盛り上がったし、もし彼女ができたらこういう感じ なのかなとふと、石井は思った。 森高が学校で人気があるのは、石井でも知っていたし、その森高と噂になることは、(事実とは違う のがだ)悪い気はしない。 「ま、犯人が見つかるまではいっか。」 石井がそんなことを考えていると、突然頭に衝撃が走る。ボコっ!!!! 「こら、努!聞いてるの?!」 氷室恭子が教科書で石井を叩く。教室で笑いの渦がおき、石井もあははと笑ってごまかした。 森高との登下校を開始して、1週間になろうとしていた。 二人が登校するのも、やっと噂がなくなってきたところだ。どうやら一部の学生には本当に付き合ってる と思われてるらしいが、石井も森高も気にするタイプではないので、噂は噂でそのままにしていた。 二人の登校は毎日話題が豊富で、石井も麻衣も素直に楽しんでいた。 「昨日はウタダが新曲歌ってたね」 「あ、そうそう。結構いいよな。CD買わなくちゃ」 「あ、買ったら貸して欲しい〜」 そのとき、電車がガタン!!と突然ゆれ、乗車客が大きく揺れた。乗車率120%の電車では、偏ると かなりの負担が乗客にかかる。 『申し訳ありません。急停止信号です・・・』 場内アナウンスが入る。麻衣はふと、自分の周りのスペースが広いことに気がついた。 石井が両手でドアをついて、麻衣に負担がかからないように周りの乗客から囲うようにしていたのだ。 麻衣の心臓がドキんと鳴った。 石井の顔を覗き込むと、石井は、にこっと困ったように笑った。 「ほんと、混んでるな」 石井は心配そうに麻衣を覗き込んだ。麻衣はなぜか意識してしまい、かぁっとさらに赤くなる。 「あれ、おまえ顔赤いぞ。大丈夫か?」 「だ、大丈夫!」 「?そっか。」 ちょうど電車も動きだした。あたし、どうしちゃったんだろう。。。 麻衣は心臓の音がどんどん大きくなっているのを感じていた。 その日の練習は女バスは時間通り早く終わったが、男バスは反省会があり、少し長引いていた。 「わりぃ、森高。もうちょっとかかりそうだから教室で待ってて」 麻衣は石井に言われたように、制服に着替えると、薄暗い教室で待つことにした。 時間はもう19時を回っており、外は暗くなっていた。 ふと、不安な気持ちになりはじめていたときだった。 廊下から麻衣を呼ぶ声がする。ふと、教室からみると、石井のクラスの田中がそこに立っていた。 「森高さん、石井から伝言だよ。まだ長引きそうだから先に帰ってくれって」 「あ、そうなんだ・・・。うん、分かった。ありがとう、田中君」 「じゃあ」 田中はそれだけ言うと、去っていった。先に帰れか・・・。石井君がそう言ったんだ・・・。麻衣はなんとなく 違和感を感じたが、外も暗くなってきたしおとなしく帰ることにした。女バスのメンバーはすでにもう帰って いる。石井に席に、メモだけ残して学校を出る。久しぶりに独りで帰るのはとても心細く感じた。 石井の顔を思い出す。あたし、すごい頼ってたんだな。。 麻衣はいつのまにか石井の存在が自分の中で大きくなっていることに気がついた。 「わりぃ!待たせたな!!」 石井が走って教室まで戻ると、そこにはいるはずの姿はなく、しん・・と静まり帰っていた。 「あれ?森高・・・」 石井がかばんをとりに席に行くと、そこにはピンク色の紙に、メッセージが書かれたメモがあった。 「じゃあ、先に帰ってます。部活お疲れ様。また明日ね! -麻衣」 「なんだよ、先に帰っちゃったのかよ。。。」 石井は、ガッカリし、寂しい気持ちがこみ上げてきた。少し遅くなっちゃったら帰っちゃったか。。。 そうだよな。別に彼女じゃないもんな。そりゃ、帰るか。。。 麻衣と過ごす時間が多すぎたことが余計に石井を寂しくさせた。胸が少し痛む。なんだろ、これ。。。 石井がもういちど、麻衣のメモをみたときだった。『じゃあ、先に帰ってます』 じゃあ?・・・。何かがおかしい。麻衣の律儀な性格を考えると先に帰ることなんてありえるだろうか? 石井の心臓が高鳴る。なにかがおかしい。ふと教室の時計をみると、あれからまだ15分くらしか たっていない。走って帰ればおいつけるかもしれない。 石井は、かばんを手にとると、嫌な予感が広がるのを感じながら、それを振り払うように思い切り走って 駅へと向かった。 麻衣が独りで電車で帰るのは1週間ぶりだ。夕方の電車は帰宅ラッシュでまた朝と同じように混んで いた。大丈夫。一週間、何もなかったし、痴漢も石井君と一緒にいるところを見てればもう何もしてこない はずだよね。麻衣はそう言い聞かせながら少し緊張しつつ乗っていた。 二駅進んだところだった。麻衣の後ろがなんとなく不自然な感じがする。一気に麻衣の心に緊張が走る。 や、やだ。。ま、まさかね。自意識過剰になっているのかもしれない。 麻衣は気にしないように、平静を装っていた。が、その瞬間。麻衣の両足をこじ開けるように、誰かの足 が中に入ってくる。麻衣は慌てて体を硬直させ、入らないようにするが、混んでいる中、押すように無理 矢理中に入ってきてしまった。う、嘘。。。。麻衣の心臓がつぶれるくらいに鼓動する。ま、まただ・・・。 いつもの手口だ。いや、いつも以上に強引かもしれない。麻衣は恐怖で足がガタガタと震えた。 それでも、犯人は麻衣のお尻へと手を回す。や、やだ・・・。麻衣が抵抗するように体を動かすが、 満員電車の中でなかなか逃げられずにいた。手が後ろから前へと麻衣の腿を触ってきた。 どうしよう・・・。怖い。すごく怖いよ!!。助けて、石井君!!!麻衣が目を閉じて、石井の顔を思った 瞬間だった。 「い、痛い!!!」 誰かの小さい悲鳴が聞こえ、その瞬間麻衣が目をあけると、そこには石井の姿がとびこんできた。 「い、石井君」 麻衣が泣きそうな声で石井の名前を呼んだ。石井ははぁ、はぁと少し息をあらげていたが、その手を みると、誰かの手を上にしっかりと掴んでいた。痴漢の手だ。 「森高、大丈夫か?」 「・・・うん」 麻衣は、無意識に、石井の胸に顔を埋めていた。石井は突然の麻衣の行動にびっくりしているようだった が、麻衣の頭をあいている手で、優しくぽんぽんと叩いた。 「さて、この犯人どうするか・・・」 ようやく石井が犯人の顔をまじまじと見ると、そこには信じられないよく知っている顔があった。 「田中・・・」 眼鏡にマスクをして、いちおう変装しているようだが、間違いなく同じクラスの田中だ。田中は石井に名前 を呼ばれ、今にも泣き出しそうに赤くなり、顔を背けた。何人かの乗客がことの次第を注目していたので 石井は田中と麻衣をつれて、とりあえず次の駅で下車することにした。 「た、田中君。。。」 麻衣が目を赤くしながら、びっくりしたように田中を見た。まさか痴漢の犯人が同じ学校の、しかも同級生 だとは思いもよらなかったからだ。 田中はその場にへたり込むと、泣きながら麻衣に謝りだした。 「も、森高さん、ごめんなさい、ごめんなさい。」 麻衣に石井が先に帰るように伝えたのも田中がやったことだ。石井と麻衣が一緒に通学するように なってから、麻衣に手を出せなくなったため、独りにさせる必要があったと田中は言った。 「謝ってすむことじゃないだろ!森高は本当に怖かったんだぞ!」 石井は、麻衣の泣き顔をみると、黙ってはいられなくなっていた。田中の制服の襟をつかむと、 自分でも信じられないような行動をとっていた。 ガツン!!田中の頬を殴った。麻衣がきゃあっ!と声を上げた。 「い、石井君、あたし、あの、もう、大丈夫だから。」 麻衣が慌ててハンカチをだし、田中の頬に当てる。唇が切れて、少し血がにじんでいた。 石井は麻衣の優しい姿に少し冷静になると、田中をたたせ、麻衣から少し離れた場所へ移動した。 「どうしてこんなことしたんだよ。」 石井は本当にわけがわからず、田中に本音を聞いた。麻衣が近くにいると話ずらいこともあるだろう。 「ううっ、ごめん。ごめんよ」 「ああっ!だから俺に謝るより、わけを言えよ」 「・・・だったんだ・・・。」 田中が蚊の泣くような声を絞り出した。 「んあ!?」 「・・・好きだったんだ。森高さんのこと!」 「!!」 石井は驚きつつも、最後まで弁解を聞いた。田中はずっと森高が好きだったらしい。が、自分では相手に されないことも分かっていたし、最近は哀川和彦と付き合っているという噂を聞いたら、いてもたっても いられなくなって行動におよんでしまったらしい。 「だからって人の気持ちは無理やり手に入らないし、我慢できないのは違うだろ!ちゃんと面と 向かって言ってみればよかったじゃん」 「俺なんかじゃ、話してもくれないよ」 どうやら、外見にかなりのコンプレックスをもっているらしい。 「おまえ、森高の何をみてたんだよ。そんな子じゃないだろ。」 田中は黙っていた。 「森高が許してくれるまで素直に謝ってこいよ。それで、好きだったことも伝えてみろよ。」 「え!?」 田中は困惑していた。謝るのは当然だが、告白もしてこいと石井に言われたからだ。 「男なら、ちゃんと最後まで理由もいってさ、しっかりしろよ。あいつ、分かってくれるよ、きっと」 田中は、少し考えていたが、意を決したように石井に顔を向けた。 「うん、そうしてみるよ・・・。石井、お前さ、森高のこと・・・いや」 田中は、石井が麻衣のことを、本当によく分かっていることに、感心していた。ずっと、ずっと自分より 彼女のことを信じて理解しているんだ。。田中はそれで完全にやっと落ち着きをとりもどすことができた。 田中は、麻衣のところへと謝りに戻った。石井は少し離れた場所でそれを見守っていた。話している 内容はわからない。田中が麻衣に何度も頭をさげ、麻衣は両手でもう、いいからというようなしぐさを かれこれ10分以上も続けていた。それから、最後に麻衣が田中に頭を下げた。田中もまた頭を下げると 石井のところに小さい笑顔で戻ってきた。 「石井、ありがとな。俺、彼女にちゃんと告白して、振られてきた。」 田中は、振られたといっているが、その表情は晴れ晴れとしている。もう大丈夫だろう。 「もう、絶対しないから。」 「ああ」 田中は石井に深々とお礼をすると、帰っていった。先ほどとはうってかわっていい表情をしていた。殴って 悪かったな、と言ったら、逆に殴ってくれてありがとうとお礼を言われた。 田中が去ると、森高が小走りで石井のところへ駆け寄ってきた。森高もようやく気持ちを落ち着かせた らしい。 「大丈夫か?」 石井がまた麻衣の頭を優しくぽんぽんと叩いた。石井の癖だ。麻衣はその仕草に安らぎを覚える。 「うん。大丈夫。石井君、本当にありがとう。」 麻衣は笑顔で言ったが、優しい声をかけられ急に安心したためか、自然と涙がこぼれてきた。 石井はこういう場合の女性の対処の方法が分からず、困ってしまったが、とりあえず、駅のベンチに 麻衣と腰を下ろすと、思い切って肩をそっと抱いた。麻衣は、ドキンとしたが、そのままそれに 甘え、涙がとまるまでそのままでいた。 「どうして分かったの?」 麻衣は、石井より先に帰ったのに、電車に乗っていたことをふと不思議に思った。 「ああ、なんか手紙が誰かに聞いたから先に帰るって感じだったし、もし同一犯人だったら この1週間俺がいるために犯行にうつれないのは当たり前で、独りになったら狙われるんじゃないかと 思ってさ。最初はなんとか先頭車両に飛び乗れたんだけど、駅につくたびに、いつも乗っている 車両まで移動したんだぜ」 石井が、めちゃくちゃ走ったことを思い出しなが笑いながら言った。 「ありがとう」 麻衣は心から思いながら、優しく笑った。 次の日、麻衣はベットから起きると、少し寂しい気持ちになった。無事、犯人が分かったのは嬉しい。 もちろん、同級生だし、捕まえてどうこうするのはないが、田中はずいぶん反省していたようだし、 もう麻衣に手をだすことはないだろう。そうすると。。。もう、石井と一緒に学校に行く理由はないのだ。 なぜだかわからないが、心に穴がぽっかり開いたようだった。いつもより仕度もゆっくりになってしまう。 いつのまにか、石井と一緒にすごすことが楽しくなっていたのかもしれない。 でも。。。私の好きな人は。。。 麻衣は、気分がすぐれないまま、駅へと向かった。 いつもは改札での待ち合わせ。今日は誰もいない。麻衣がため息をついたそのときだった。 「朝からため息かよ」 聞きなれた声が聞こえる。麻衣が慌てて振り向くと、石井が立っていた。 「い、石井君!?」 「な、なんだよ。その驚きようは」 「だって。その。。。もう電車でいかなくても・・・」 麻衣が動揺をかくせないで言った。 「んあー。なんか朝遅刻しないで部活いけるようになったもんだから、オヤジがそのまま電車にしろって いうんだよな。だから、その・・・」 「また、よろしくってやつだ」 石井が笑いながら言った。麻衣は、素直に喜び、笑顔で答える。 「うん!よろしくね」 石井が自分からこれからも電車にしたいと言ったことはもちろん麻衣には内緒の話だ。 電車をおり、いつものように部活やドラマの話で盛り上がりながら学校へ向かう途中、誰かが走りながら 二人に声をかけた。 「森高さん、石井!おはよう!」 田中が笑顔でかけぬけていく。まだ頬には石井が殴った形跡が残っていたが、それは気にしていない ようだ。 「オッス!」 「おはよう!田中君」 二人は元気な田中の姿を見送ると、顔を見合わせて少し笑った。 いつもの朝が始まる。 To Be Continued. |
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