マニキュア
ロンドンの町屋敷。
何か面白いことでもあるかなと思ってついてきたんだけど
シエルとセバスチャンは仕事だの何だので出かけてしまって、私はひとりでお留守番。
「つまんなーいー・・・」
読書にも飽きてしまったし、かと言って出掛けるのもめんどくさい。
何か退屈凌ぎになるものはないかと、ぐるり、部屋を見渡してたら
思い出した。
「確かここに・・・あったあった。」
引き出しに仕舞われてた、色とりどりの小瓶。マニキュア。
いつかここに来た時、綺麗だからと大量に買い込んでそのままにしてたんだった。
「爪を綺麗にするのも、一応淑女の身だしなみよね。」
いつもは誰かにやってもらってたりするんだけど
これくらい自分で出来なきゃって思ってたところだから、ちょうどいい。練習しよう。
「さーってと。」
まずは右手に筆を持って、左手から取り掛かる。
「・・・よし、完成ー。」
染まった指先に息を吹きかけて、なかなか綺麗にできたじゃない、と自画自賛。
利き手に筆を持って色を乗せていくのは意外と簡単なのね。
問題は逆、か・・・
一呼吸置いてから、全神経を筆を持った左手に集中させる。
「あ。」
しかし案の定、親指の爪半分塗ったところで見事にはみ出した。
ああもう。まだ一本目なのに・・・
仕方ないからいったん除光液で失敗した指のマニキュアを全部剥がして。
「・・・よし。」
気合を入れ直して再チャレンジ。
ゆっくり、丁寧に、少しずつ。
「あ・・・イイ感じ・・・」
あと一息で親指完成ってとこで
集中してきってた私は、近づいてきてた人影に気付くことができず。
「ーっ！」
「あ、あぁぁぁぁぁぁ〜っ！！！」
突然、どんっ、と左側から衝撃。
その弾みで筆は滑って、爪からはみ出すどころか手の甲まで染まった。
「、何してたんだい？」
飛び付いてきたのは、何でここにいるのかわかんないけど、劉で。
（多分シエルがこっちに来てるってのを聞きつけて遊びに来たとかそんなところなんだろうけど）
きょとんと訊いてきたから腹立って
「何してたんだい？じゃないわよバカ！」
「バカってことはないだろう？久々の再会だっていうのに。」
「うるさい！劉のバカバカバカバカバカ！」
「何もそんなに言わなくても・・・」
罵声を浴びせてやったら
酷いだとか冷たいだとか言って、泣き真似。
・・・マジ腹立つ。
「あーもう劉の所為で最初からやり直しじゃない・・・」
「何が？」
ブツブツ文句を言いながら除光液に手を伸ばすと
劉がケロっとした顔で訊いてきたから、見りゃわかるでしょって睨みつけてやった。
そしたら
「ああ、マニキュア？」
へらっと笑って
「おやおや、ぐちゃぐちゃじゃないか。」
ってば不器用だねぇ。なんて、のたまった。
・・・殺してもイイデスカ？
誰の所為でぐちゃぐちゃになったと思ってんのよこのバカ劉！
「・・・劉。」
「ん？」
「ぶっ飛ばされたくなかったら私の視界から消えて。今すぐ。」
これでもかってくらい殺気を込めて言ってやったのに
劉はやっぱり笑いながら
「うまく塗れないからって八つ当たりしないのー。」
って、私の頭を撫でた。
本当にぶっ飛ばすわよこの野郎・・・
「ホラ、貸してごらん？」
「何。」
「マニキュア。我が塗ってあげるから。」
劉は半ば強引にマニキュアの瓶を奪って、私の手を取った。
「い、いいわよ。自分でやるから・・・」
「まぁまぁ。我に任せなさーい。」
私は手を引っ込めようとするも
劉に掴まれた右手はがっちり固定されてしまって、適わなかった。
そもそも練習の為に塗ってたんだから人にやってもらったら意味ないし・・・
とか思ってるうちに、爪はどんどん綺麗に染まっていく。
「ね、結構器用だろう？」
「・・・普通自分で言う？」
「いいじゃないか別に言ったって・・・はい、終わり。」
「ん、ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
綺麗に仕上がった右手を見て、ホントに器用だなーって思ったけど
また調子に乗るから劉には言わない。
「・・・で、お礼は何をくれるんだい？」
「は？」
「だから、マニキュア塗ってあげたお礼だってば。」
当然のように言うから、思わず唖然。
あのねぇ・・・元はと言えばそっちが邪魔したんでしょうが。
寝言は寝て言って、って蹴りの一発でもお見舞いしてやろーかと思ったら
「あ。我、ちゅーが欲しいなぁ。」
「・・・は？ちょ！？」
いきなり押し倒された。
「やだちょっとふざけないでよ！」
「良いじゃないか、ちゅーの一つや二つ。」
「そういう問題じゃないーっ！！！」
そんな簡単にキスなんてされて堪るものかと全身全霊で拒否ってたら
「、そんなに暴れたらマニキュアまたぐちゃぐちゃになるよ？」
言われて、一瞬気が緩んだのが、命取り。
呆気なく私の唇は奪われてしまった。
劉め・・・
マニキュア乾いたら覚えてなさいよ・・・
END.
―――――
うーん。もうちょっと可愛らしいヒロインは書けないものか・・・