<作>坂田靖子 白泉社 |
「村野」より少しあとにでた短編集。90年代の坂田作品の原型的なものが多く収録されている。最後の「タマリンド水」などは、明らかに後の「アジア変幻記」に繋がる作品である。この短編集は作品の質の粒がそろっていて、坂田靖子の世界を存分に楽しめると思う。失業中の男の隣りに引っ越してきた住人が象人間だったり、イグアナが配管につまってみたり、北京生まれの女性がどういう理由もなくアフリカにきてみたり、幽霊用のトマトを食べて宙に浮いて見たりと、相変わらず奇想天外なことこの上ない。
この人の漫画の魅力の一つは、状況の面白さをライトかつとぼけたタッチで描くという点なのだけれども、しかしなんというか、それがまったく鼻につかないというのがすごい。
先にも書いたように、ちょうど自分の型を見つけたころの作品集なので、気分的にものっているのが感じられて、読んでいてとても楽しい。
これに収録されている「くされ縁」のような思索性を前面に出した作品は、このころを境にして随分少なくなっていくようだ。「くされ縁」は、まわりの状況をすべて受け入れてしまうチャールズと、そういうことがまったくできないエドナーとの奇妙な親近感の物語である。ほとんどの部分で彼らは異なった性格を有しているのだけれども、一つ共通している部分があった。人間を信じたくて仕方ないという点である。結局、エドナーは死に急ぐような形でその生涯を終えてしまい、彼らの間の関係も消え去るのだが。エドナーは自分という人間も受け入れることが出来なかったのだ。自分の存在そのものに、根源的な罪悪感を抱いていたとも言えるだろう。そう考えると、物語の冒頭と最期に出てくる加害者妄想の男は、それを暗喩しているように思えてくる。
坂田靖子がこのような作品をあまり描かなくなったのは、思想性を捨てたというよりも、むしろ、彼女の得意なコメディ路線の作品の中にそれを織り込む道をとるようになったからだろう。後の作品を見ていると、その選択は間違っていなかったと言えそうだ。
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