<作>藤子・F・不二雄 小学館 全8巻 |
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戦後のマンガ界には、二人の巨人がいる。一人はご存知、手塚治虫。そしてもう一人が、藤子・F・不二雄である。藤子・F・不二雄は、『ドラえもん』の作者ということもあって、子供向けの漫画家のイメージが強い。実際、彼はその長い漫画家としての人生を、少年漫画にほとんど費やしている。彼の最期も、書斎で一人ドラえもんを描いている時であったという。
だが彼は子供向けの漫画ばかりを仕事としていたのではない。あまり世間には知られていないが、大人向けのSF短編をビッグコミックなどに連載していた。それを主体として、藤子・F・不二雄の描いた短編を集めたものがこれである。
内容的にはきわめて質が高い。さすがという感じ。やさしさとはかなさが混じる「山寺グラフィティ」、苦笑いするしかない「ミノタウロスの皿」、絶望的な中にもなぜか希望を感じる「カンビュセスの籤」、まさに自分を通して成長していく少年を描いた「ふたりぼっち」、壮大にして意外な結末の「旅人還る」・・・・どれも、読んだあとしばらく忘れられない。
彼の漫画の本質を言い表すのに、「SF=少し 不思議」という風に藤子・F自身が語っているが、彼の作品の要は機知(ウィット)そのものなのだろう。旺盛な批判精神も自らの感情も、それら全てをどこか眺めるような態度で、しかし決して投げかけている眼差しは冷めてはいない。常に人肌に近い温かみを持った視線が、自らの作品世界に注がれている。それが藤子・Fの、戦前の漫画から引き継いでいる緩やかな描線でデフォルメされた絵に、ぴったりあっているのである。「ヒョンヒョロ」のように、可愛いキャラクターである分だけ不気味な怖さを醸し出すこともあるし、逆に「劇画オバQ」のような、それを逆手にとった作品も描ける。その機知は明るい方面に働けばユーモアを生み、「女には売るものがある」や、「3万3千平米」、「秒速」のような作品が出来上がることになる。
娘さんの書いたあとがきを見ていると、スティーブン・キングがお好みだったらしいが、なるほどなあと思うような作品が多数あった。
他に面白かったのは、どうも大長編ドラえもんの元ネタとなったものがいくつか見られることだろうか。「ベソとコタツと宇宙船」など、「宇宙開拓史」のカラクリそのままだ。シリーズものとしては、未来から来たカメラのセールスマンの話が藤子・Fらしくていい感じ。
藤子・F・不二雄には手塚治虫ほどの強烈なインパクトはない。しかし、「ドラえもん」に代表されるように、70年代以降の子供たちにこれほどの影響力を持った作家がいただろうか。彼が大人向け・子供向けに関わらず描きつづけた、やさしく、だが決して甘くない知性は、きっと時代を超えて人々に愛されることになるだろう。
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