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【Hの肖像】(藤村涼)
「先生、私の絵のモデルになっていただけませんか?」
君がその提案を発したのは夕陽がフロントガラスにまぶしく光る車内のことだった。私達は帰路が同じ事もあり、時折一緒に下校している。この日も君を私の車の助手席に乗せ、帰路を急いでいた。
「何故?」
私の問いに君はゆっくりと口を開いた。
「一流芸術大学の入試課題を調べたら、三年前に人物が出されていたんです。なので……」
「つまり、私をモデルにして入試対策をしようと言うのだな」
「はい」
芸術系の大学入試では実技試験も行われる。
まだ二年生の彼女だが、今から入試対策というのも早すぎることはないだろう。
「向学心を持つことは大いに結構だ。私も出来る限り協力する」
私は平静を装っていた。しかしつい上げてしまったうわずった声が私の気持ちを端的に表現しているような気がした。それが気になった私はちらりと横目で君を盗み見たが、君に私の態度を不審に思っているような様子はない。
丁寧に御礼の言葉を述べる君を横に感じながら、私は言いしれぬ歓喜に包まれていた。
君がほかの誰でもなく私にモデルを依頼したこと、それがこれほど嬉しいとは思っても見なかった。教師が生徒に対してそんな感情を抱いて良いのか、という疑問は残るが。
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