○ダンクの価値 かつて、彼はドクターダンクとして知られていた。 ダーネル・ヒルマンという名前が彼にはつけられていたが、 1970年代のインディアナペイサーズにおいて、彼の あだ名の方がより認識されていたように思われる。 彼がかつてカリーム・アブドゥール・ジャバーをワンオンワン コンテストで打ち下したロックザクラドルスラムダンクの 凄さは伝説的でもある。 ジョーダンが好きなダンカーの1人であった彼よりも ダンクで有名になった選手はインディアナにはいなかった。 しかし、フレッド・ジョーンズはそれを変えた。 2004年のスラムダンクコンテストチャンピオン。 にもかかわらず、最近のインサイドスタッフマガジンにおいて ジョーンズはNBAのトップ10ダンカーのリストから外れて いたが。 ジョーンズはそれが間違いであることを再び示そうとしている が、デンバーで行われるダンクコンテストに参加しないことを 決めた。 ☆ジョーンズ 「思うに、自分の評価をダンクだけにしてしまうので、ダン クコンテストをみんな避けてしまう気がするんだ」 「ダンクだけでない、自分がなんでもできるということを示 すことに興味があるんだ」 ○目指すものが違う ヒルマンは現在のインディアナのトップダンカーがFジョ ーンズであることに同意する。 しかし、ベンダーとオニールがそれを脅かす存在でもある という。 ただラジオアナウンサーのマークボイルは過去17シーズン、 インディアナがダンクを決めまくった記憶はないという。 90−94年シーズンにインディアナでプレーした天性の ダンカーであるケニー・ウィリアムスはドミニク・ウィル キンズやジョーダンがいた時代にダンクコンテストで3位 になったことがあるぐらいに他にダンカーは記憶がない。 ☆ボイル 「インディアナにはミラーやマリンのような多くの素晴らしい シューターがいた」 「しかし、他にも色々なことができる優れた選手がたくさん いたと思う」 「シュレンプやスミッツは素晴らしいダンカーではなかった し、バーン・フレミングにいたってはダンクをしていないと 思う」 そもそもインディアナは、ミネソタのように各選手のダンク チャートなるものを作っているチームと違って、ダンクに あまり重きをおいていないが。 ○単なる2点 ESPNはひょっとするとレイアップシュートとダンクを 同等に扱っていないかもしれない。 かつてESPNがフィンガーロールショットをトッププレー にいれたことがあっただろうか? オニールは同等のものと見る。 ☆オニール 「ダンクはみんなが好きで、観衆を魅了できるプレーだよ」 「でも、ゲームの勝利を決定付けるダンクや流れを変える ダンクならともかく、そうでないなら、難しいジャンプ ショットの方が俺は決めたいね」 「ちょっと過大評価されすぎかもね」 フォスターも同様だ。 ☆フォスター 「ボールがリングの中に入れば、ダンクだろうが、そうで なかろうが、構わないよ」 ヒルマンはダンクを芸術でもあるというが、みんながダンク に行こうとして、時々それらは芸術的でない汚ならしいダンク である時があるという。 多くの選手がしばしばダンクにいこうとするのは、思い出す ような意義深いダンクをすることへの挑戦ともいえるが。 とはいえ、インディアナの選手は自分達の最初のダンクに ついては覚えている。 もっとも昔にダンクをしたであろうカーライルも、最初の ダンクを覚えている。 1976年のニューヨークのキャントン高校の体育館だった という。 ハリソンの初ダンクは高校のサマーキャンプである。 高校2年から3年の間に6インチもの身長が伸びた彼だが、 それまではボールを上手く手の中に収めることができなかっ たので、ダンクはかなり不恰好なダンクだった。 ☆ハリソン 「一番でかい選手だったし、高く飛べる訳でもなかったんで ちょっと恥ずかしかったよ」 そして、高校時代に夜遅くまで体育館で面白いダンクを 考えていた空想家のジョーンズみたいな選手もいる。 残念ながら今年はダンクコンテストで彼の勇士は見られそう にないが。 ☆ジョーンズ 「もちろん、俺は他のみんなが俺を見て、俺がするような ダンクを真似してくれるのを見るのが好きだけど、特に これ以上自分のダンクの限界を目指そうとは思っていない」 「もっとも重要なのは、子供の頃からずっとあこがれていた ダンクを最初に決めようとしていた時だと思う」 「最初のダンクは、決して忘れることのできない瞬間だと 思う」 「でも、そのダンクを誰でもできるリーグにいれば、それは プレーの一つであり、単なる2ポイントプレーにすぎない のさ」