「スティーブ・フランチャイズ」 スティーブ・フランシスは、全ての試合、全ての練習において、 バスケが好きであることを感じさせる。 彼の動き一つ一つをみればそのことは自明だ。 まるでヒップホップのステップを切るような走り。 全力のファーストブレイクやノールックパス、アリーナ全体を揺るがす ようなダンク。 彼は、行動の全てにおいて、メッセージを醸し出している。 彼は自分自身の気持ちを隠すことができないので、感情が もろにでてくる。 1999年のドラフトでバンクーバー・グリズリーズに2巡目で 指名された時、彼はいかにも嫌そうにしかめっ面をしたりもした。 また、ルーキーオブザイヤーの受賞式の時は、とても興奮 して、部屋中を駆け回り、ファンやレポーターと抱き合ったり 喜びを爆発させた。 ☆フランシス 「俺はとても感情的な人間だよ」 「幸せの時は、幸せっていう気持ちを表現するだろうし、 ムカついているときは、ムカついているという気持ちを 見せてしまうんだ」 「コートの上でもそうだろう?」 「だから、あのドラフトの夜もそうだった」 「シカゴに行きたかったし、シカゴも俺を取りたがっている と思っていた」 「だから、シカゴがブランドを選んだときに俺は・・・」 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 フランシスは優れたスキルを武器としたPGとして、早くも若手 のスター候補としての地位を確立させてきている。 マイケル・ジョーダン、アレン・アイバーソンといったプレーヤー としばしば比較される。 ヒューストンのHC、ルディー・トムジャノビッチも過去最高の PGになりうる選手であると評する。 ただチームメートは、まだチームに迷惑をかけるときもあると 感じているが。 彼が1999年にヒューストンに来るということで、多くの 人間がヒューストンのチャンピオンシップ獲得の可能性 を感じていた。 オラジュワン、バークリー、ピペン。 未来の殿堂候補3人にフランシスが入れば・・・。 しかし、チームはそうしなかった。 ピペンはシーズン前にポートランドにトレードされ、バーク リーはシーズンオ中で怪我で引退に追い込まれた。 オールスターを前にして、フランシスはチームのカギを握る 男になっていた。 シーズン終了時には、相手がもっとも警戒する選手となっ ていた。 彼の存在はヒューストンに新しい時代の到来を感じさせる ものであったのだ。 彼の優れた能力から繰り出されるキラークロスオーバーなど は、観衆を魅了した。 彼の能力がフランチャイズを盛り上げるだろうともいわれている。 そういったことからつけられたアダ名は 「スティーブ・フランチャイズ」 ☆トムジャノビッチ 「彼はPGで最高の選手になれる可能性を秘めている」 「彼の性格を見ると、そうなるんではないかと思っている」 「恐れを知らない自信家である一方で、人の話をよく聞く」 「彼はチームのためなら、喜んでプレーしてくれる」 ☆マーフィー(元ヒューストンPG) 「彼はスーパースターになるよ」 「彼は素晴らしい能力がある」 「さめた人間だという奴もいるけど、彼はよりよくなるために 貪欲な人間だよ」 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 彼のルーキーイヤーは2つのシーズンにわかれる。 バークリーが怪我するまでは、ハーフコートオフェンスを組み たてて、ただただバークリーにボールを運ぶだけだった。 バークリーがいなくなってから、フランシスがロケッツをアップ テンポオフェンスのチームに改造する役目を果たし、NBA史上 7人目のルーキー平均15点以上の成績でシーズンを終えた。 過去のルーキーはオスカー・ロバートソン、アルヴァン・アダムス、 マジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダン、ペニー・ハーダウェー、 グラント・ヒルといったそうそうたる名前ばかりだ。 ☆ウォルト・ウィリアムス(チームメート) 「シーズン初めは、つまらなそうにプレーしていたね」 「しかし、PGはチームにとって、もっとも重要なポジションだ」 「全てのフロアを見て、みんなを上手く使わなくちゃいけない ポジションなんだ」 「その時の彼は目に見えて、そういう選手でなかった」 「しかし、彼は自分本来のプレーを取り戻し、うちのチームを よりよくしてくれたと思う」 フランシスは2年目のシーズンも順調にシーズンを迎えた。 PG得点ランキング3位。(マーブリー、ペイトン) リバウンド1位 ☆トムジャノビッチ 「フランシスは全てに素晴らしいものがある」 「彼はアシスト、リバウンド、スティール、守備においても進化 をつづけている」 多くの選手が彼の能力を認める。 彼のインサイドでの動きは印象的だ。 チームの誰よりも彼は練習するし、いろいろ考えている選手なのだ。 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 フランシスは、母のブレンダ・ウィルソンと、祖母のマベル・ウィル ソンの2人の影響が色々な意味で大きい。 フランシスは、母の運転免許証を財布に忍ばせ、しばしば チームメートやファンに見せ、自分と似ているかを問う。 母は5年前にガンで他界した。 彼女の死により、2年間フランシスは高校2年にも関わらず、 高校のチームでバスケをすることをやめた。 ワシントンDCの郊外のタコマで、たまにプレーをする程度で他に プレーする場所を求めたりしなかった。 フランシスは母が見てくれないとこでプレーをすることに楽しみ を覚えなかった。 しかし、彼の祖母がしばしば試合を観覧に来てくれた。 それが徐々に彼のやる気となっていった。 そして今もそれは続いている。 祖母が来られるように、フランシスは祖母の家の近くのシカゴ入りを 希望していたが、シカゴはエルトン・ブランドを選んだ。 そして、あの事件が起き、ヒューストンに来た。 しかし、問題はない。 遠いながらも、祖母はしばしば電話でフランシスを励ましてくれる。 たまに祖母は試合をみにもきてくれる。 フランシスはチームメートに彼の家族を紹介し、みんなと家族に ついて色々な話をすることを好む。 ☆カッチーノ・モーブリー 「スティーブと俺はすぐ仲良くなったよ」 「背景が似てたからね」 「彼は母親を亡くし、俺は継父を亡くした」 「沢山それについて話したよ」 「彼は生意気な奴かと思ったらそうでなかったので、すぐ なじめたよ」 フランシスは結局、高校3年、高校の組織的なバスケをすることなく、 終えた。 しかし、家の側のタコマ・コミュニティーセンターでプレーに磨きをかけた。 彼のプレーは多くの人々を魅了し、一般の試合にも関わらず、400枚 以上のチケットを完売させるというタコマのレコード記録を持っている。 フランシスが高校の組織的なバスケから離れている間、彼に重要な変 化が現れた。 5−9だった身長が、6−3になっていた。 大きくなった彼を止められる人間は存在しなかった。 コートに戻るや否や、彼はスターダムにのし上がっていた。 様々な大学を渡りあるき、彼は多くのタイトルに導き、 NBAに入った。 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 フランシスは能力もそうだが、人間としてもヒューストンにおいて 模範的な人間として見られている。 練習に早々に現れ、多くの人間にサインを書くサービスを 忘れない。 彼はヒューストンになくてはならない存在になった。 ヒューストンはオラジュワンやバークリーのチームでなく、 名実ともにフランシスのチームになっていた。 全てにおいて。 彼にとってのファンサービスは、家族サービスなのかもしれない。 母親がいなくても、楽しくプレーできるのはファンという家族がいる からかもしれない。 アリーナに来てファンに挨拶し、何百ものサインをする。 ☆フランシス 「ここは家みたいに感じるんだよ」 ファン達は、ヒューストンの将来について語ると必ず話題に 上げる。 「スティーブ・フランチャイズは絶対だ」と。