○人生のゲーム 1993年、コジャック・フラーはインディアナの ミスターバスケットだった。 身長こそ小さかったが、大学のリクルーティングリスト において、評価の高い不屈のPGだった。 彼はいま、麻薬密売により懲役20年の受けて、 マイアミ刑務所にいる。 14歳のとき、スチア・コットンは6フィート5インチ 215ポンドで、スポーツイラストレイテッドにも 掲載され、マイケル・ジョーダンクラスの選手と期待 された。 12年経った今まだ彼はNBAを目指している。 そしてロニー・フィールズ。 今日、彼の信じられない記録2600得点372ダンク という偉大な記録故に、シカゴの彼の高校の体育館に 大きな壁画として残されている。 その壁画は元チームメートであるケヴィン・ガーネット の3倍近くの大きさである。 ☆ウィリアム・ネルソン 「彼が8年生になったとき、彼は他の人間がまるで 小さな子供のように上からダンクを叩き込んでいた」 「みんな、彼は高校にいかずに大学にいった方がよい んではないかといっていたぐらいである」 フィールズは大学にもNBAにもいけなかった。 ローレンスノース高校のグレグ・オデンは2006年に 高校を卒業するだろう。 コットンの以前と同じぐらい注目を浴びている。 7フィートの1年生センターは2006年のドラフト 1位と期待されている。 ESPN2では12月9日の試合を放送するつもり である。 しかし全ての若いバスケットボール選手において、 フィールズ、コットン、そしてフラーは実例としての 教訓になるだろう。 NBA候補生といわれている多くの若きスターがそう ならないケースが無数にある。 ☆フラー 「バスケットボール以外に、俺にはなにもなかった」 「バスケが全てだったし、バスケで多くの助けを得て いたんだ」 2002年時点で6歳から11歳の子供の510万人 がバスケットボールを行っており、毎年60人ぐらいが NBA入りする。 簡単にいえば、360人が510万人中の中からドラ フトされる計算だ。 NCAAによれば、1万人中3人が高校でドラフト される。 約0.03パーセントの確率だ。 若い選手の多くがスターになることを想像するしている だろうということは容易に確かめられる。 テレビは高校からNBAに直接加入した選手の成功 物語を放送する。 そして未来のスター候補生達は友達、エージェント、 いやあらゆる人間からそういった話を聞くことになる。 ☆ディク・ヴィテール(ESPNアナリスト) 「子供達の気持ちを一杯に満たすあらゆる人間がいる」 「なんどもそういわれるので、その状態から逃れるの は非常に困難である」 「子供達は間違った道を示しつづけられることが多い」 そしてリクルーティングリストもある。 中学生ぐらい若い選手をランク付けしたリストだ。 それはあくまで可能性を示すもので、科学的なものでは ない。 リクルーティング分析者クラーク・フランシスが選んだ 高校1年2年対象のインディアナの選手50人で、 NBAに加入したのはランキング1位で、ニックス1年、ボストン1年プレーしたのウォルター・マッカーテ ィーだけだった。 つまりエリート選手だからといって確かなものは なにもない 1983年から1999年の16年間のオールUSA チームの選手でNBAに入った選手はおよそ20パー セントに満たなかった。 ☆ジェイ・ビラス(ESPNアナリスト) 「時々子供達は過剰刺激されてしまう」 「そんなランキングはなんの意味も持たないのに・・」 「早々に優れた選手になったのが、同様に未来において もそうなるとは限らない」 「逆にその評判が重圧になることもある」 ○Inner-city struggle フィールズのコーチだったネルソンは都市部エリアから のスターアスリートにおける心理的側面を見ている。 ☆ネルソン 「一般的に優れた選手の中で多く見られる一つの傾向 は、バスケ以外に問題を持っていることが多い」 「家庭生活ではなく、全てをスポーツに注ぎこんで しまうことである」 「活躍しだすとみんながあなたに期待し、そして本人 はより上手くなろうとする」 「上手くなればなるほど、さらにみんなはあなたに 期待する」 「そういった子供達は生き残るために、本などを読まず に全てをそれにささげようとする」 フィールズの物語は近いものがある。 彼は住宅密集地で育った。 フィールズが小さいころ、父親は既にいなかった。 母親は15歳で彼を生んだ。 フィールズが育った町の近くに母親は住んでいる。 会おうとしたが出会えず、最近やっと電話で連絡が 取れたが、本人はなにも語ろうとしない。 ☆母親 「過去について話す気はなにもないわ」 「とにかくよりよくなって欲しかったの」 ☆ネルソン 「フィールズは家庭に問題を持っていた」 「母親こそ居たが、ほとんど祖母が育てていた」 バスケットコートにおいてはまた別の話になる。 フィールズはすぐに伝説的跳躍力を身につけていた。 2年生になると、1試合で9つのダンクを決めた。 1995年の州のトーナメントにおいては、フリー スローを失敗した後、彼の前に飛んできたボールを つかみ、フリースローラインに一歩入ったところから 強烈なダンクを決めた。 6−3だったフィールズが6−4の選手の上からダン クを決めたこともあった。 ☆シカゴトリビューンの編集者 「法外な能力だった」 「彼はトランポリンを使っているかのような爆発的 ジャンプ力を示していた」 注目はメディアだけにとどまらなかった。 代理人から連絡が殺到した。 ☆ネルソン 「多くの人々がきて、仲間になろうとした」 「できるだけ早く」 「戦争のようだった」 ☆チームメートのカーティス・ゲイン 「みんなこういってた」 「君はスーパースターだ」 「こんなとこでこんなことをしている場合でない」 「こんなコーチの下でプレーしている場合じゃない」 「君をよりスーパースターにしてあげようって」 フィールズはNCAAの試験に4度失敗し、その後、 車の事故で首の骨を折り、あげくの果てに性犯罪を 犯し、有罪となった。 当然NBAは彼を指名することなく、彼はマイナー リーグ行きを余儀なくされた。 彼はいまCBAとSALでプレーしている。 フィールズからは話を聞けなかった。 彼と旧知の仲である新聞記者の話によると、フィールズ は過去について話したくないらしい。 1997年、彼はCBAでスタートした。 フィールズはシカゴトリビューン紙で毎日、座って 考えている」 「ちゃんと正しい道に進んでいればな・・・」 「学校へ行き、大学に入っていれば・・・」 ○Guidance is key 6−10のクリス・バーゲスは家を出て、1997年 の全米1の高校選手といわれたが、NBAには入れな かった。 親の影響がなかったにも関わらず。 そうすると、10代のスター選手をそのまま活躍させる カギはなんなんだろうか? ☆バイラス 「コーチや両親の適切なガイダンスだろうね」 「もし子供達が適切なガイダンスを受けられなければ、 子供達は能力を伸ばしていけないだろう」 片親だったフラーは家庭に問題があったという。 彼はスターダムに乗り、そのまま調子にのってしまった。 彼は高校2年で最初の子供を作り、卒業するまでに 3人の子供を作った。 今、29歳で5人の女性で6人の子供がいる。 オデンはその点に関して幸運です。 賢い母親がおり、そして才能ある選手にたかるエージ ェントなどを振り払う術を知るジャック・キーファー HCがいる。 オデンの両親は離婚しているが、彼の父親も自分の 息子の生活に貢献する。 そして母親もちゃんと計画を持っている。 ☆ゾーイ・オデン(母親) 「彼を家にとどめておくの」 「彼と話をして、彼を集中できる環境を作ってあげるわ」 オデンもフィールズやコットンといった選手のことを 耳にしたことがあるという。 ☆オデン 「メディアが彼らを助長させてしまったと思う」 「メディアの注目を受けてしまうと、成熟していない 選手がまたそうなってしまうことがあるだろうね」