The End Of EVANGELION After
灼眼の魔王
 
第二章・過去と現在・前編
 

 
 
 
 
第三新東京市・市内
 
使徒の再来から数日が過ぎた日の夕方。大学の終わったシンは愛車に乗り家路に着いていた。
 
 
「〜♪〜♪〜♪♪〜」
 
 
ステアリングを握りながら口笛で第九を奏でているシン。と、そのシンに助手席に座ったエルが声をかける。
 
 
「……シン、一つお聞きしたいのですがよろしいですか?」
 
 
「♪〜……何だい?エル?」
 
 
首を傾げてエルに問い返すシン。エルは、
 
 
「…はい。………その…昼間のことなんですが、本当にあれで良かったんですか?」
 
 
「?昼間のこと?…………ああ、霧島マナと山岸マユミの事か……その事ならあれで良かったんだよ。所詮あの二人は過去にすぎない、今の俺とは無関係だからな」
 
 
「……そうですか…」
 
 
シンの言葉にそう呟き言葉を切るエル。シンはそんなエルを横目で見つめながら昼間の出来事を回想した。
 
 
 
 
 
回想
 
大学・構内
 
昼過ぎ、午前の受講する授業が終わり、シンは教材として使った端末を鞄に仕舞うとその鞄を肩に掛けて机から立ち上がり出入り口に向かい歩き出した。
 
編入してきてから約一週間、シンは周りの学生達から興味ありげな視線を向けているが未だ誰とも会話をしようとしない。
 
海外からの留学生、細身ながらも百八十を越える身長に引き締まった身体。そして涼しげな美形ともいえる顔立ち。
 
そんなシンに女性達から熱い視線を送られ、男性からは嫉妬の視線が送られる。その無数の視線を気にした風もなくシンはそのまま出入り口に向かう。と、出口をくぐり廊下に踏み出したその時、
 
 
トンッ!
 
 
「…きゃっ!!」
 
 
横から誰かがぶつかり、そのまま倒れる音が聞こえた。
 
直ぐさま、謝罪しようと横を向きぶつかった人物の方を向くシン。そこには尻餅を付いている長い黒髪に眼鏡を掛けた女性と、その女性を心配そうにみつめる茶色いショートカットの女性がいた。
 
 
(……霧島マナと山岸マユミか…)
 
 
二人の女性の顔に、かつて碇シンジだった頃に会った二人の少女のものを見い出し僅かな時間感傷に浸るシン。しかし直ぐに気を取り直すと、
 
 
「…すまない、大丈夫だろうか?少し考え事をして前方不注意だったようだ」
 
 
と、謝罪の言葉を告げながら立ち上がる手助けをしようと右手を差し出すシン。そのシンの様子に驚くも、直ぐにその差し出された右手を取り立ち上がるマユミ。そして、
 
 
「…いえ、私の方こそ話に夢中で前方不注意だったようです。すみませんでした」
 
 
「そうか、ならお互い様と言うことで水に流そう。それより怪我はしなかっただろうか?」
 
 
マユミの謝罪を受けお互い様だということにし、今度は怪我がないか訪ねるシン。
 
 
「……いえ、特に問題はないみたいです…」
 
 
「………そうか、良かった」
 
 
身体の様子を確認して特に異常がないことを答えるマユミ。その答えを聞き少し微笑みながら安心した様に告げるシン。と、その微笑を見たマユミは既視感を感じ少し俯き黙り込む。突然様子の変わったマユミに疑問を覚えシンは声を掛けようとする。と、
 
 
「……どうか「あ〜!!貴方、九重シンでしょ?留学生の?!」っ…」
 
 
そんなシンの言葉を遮る様に、マユミ傍らにいたマナが大声を上げる。突然言葉を遮られたシンは憮然とした様子で黙り込み、そしてマユミはマナの大声に俯いていた顔を上げると、
 
 
「……マナさん、彼のことご存じなんですか?」
 
 
「…へ!?マユミ知らないの?今大学で一番話題になってる人じゃない…アメリカからの留学生、向こうではハイスクールからカレッジの修士課程までを三年で修了させた人で、先週からこの大学に通い始めた人じゃない…」
 
 
問いかけられた言葉に意外そうな顔をしながら答えるマナ。マユミは「そうなんですか…」と小声で答えるにとどまった。そして、そんな二人の会話する様子を見ていたシンは憮然とした顔を、いつもの表情に戻すと二人に話しかける。
 
 
「……すまないが怪我が無いようだったら失礼させてもらって良いだろうか?この後、人と待ち合わせをしているのでね…」
 
 
「…残念、もし良ければこのまま食事兼質問タイムにしようと思ってたのに……」
 
 
「…あっ、こちらこそ引き留めてしまってすみません」
 
 
と、シンの言葉に対照的な反応を見せる二人。
 
シンはそんな二人に簡単に謝罪と暇する意志を告げると、二人に背を向けて歩き去ったのだった。
 
 
 
 
 
回想終わり
 
昼間の出来事を回想し終わったシンは少し表情を崩すと、助手席に座って考え込んでいるエルに、
 
 
「……そう、あれで良いんだよエル。今の俺は九重シンだからね。今更碇シンジに戻るつもりもないし、そうである以上初対面で通した方が良いから、だからエルが気にする必要は無いよ」
 
 
「………でも、それだとしんがつらくないですか?」
 
 
と、今度は後部座席に座ったルイエがシンに問いかける。シンはちらりとルイエの顔を見ると、
 
 
「確かに辛くないと言ったら嘘になるけどね。でも、五年前に過去を切り捨てることを選択したのは自分だからね。そのツケだと思えば仕方がないさ」
 
 
「……………無理、していませんか、シン?」
 
 
気遣わしげに問いかけるエルに軽く苦笑するとシンは、
 
 
「…別に無理はしてないよ。今の俺にはエルとルイエが居る………それにもうじきマリアも迎えに行くんだしね」
 
 
明るいシンの言葉に嘘は無いと感じ安心するエルとルイエ。
 
そしてシンの過去に触れる話は終わり、三人はとりとめのない話に戻る。そんな三人を乗せて車は市の郊外にあるマンションに向かい走って行くのだった。
 
 
 
 
 
NERV本部・司令室
 
シン達が丁度帰路に着いているころ、セフィロトの方陣の描かれた部屋、NERV本部司令室にて総司令のゲンドウが副司令のコウゾウから報告を受けていた。
 
 
「………さて、最後の報告だが総務からだ。明日国連本部から今回の使徒の再来についてNERVに通達があるそうで、使者が来るそうだ」
 
 
「…判った。それで通達の内容は?」
 
 
コウゾウの言葉に相づちを打つと同時に通達の内容を問いかけるゲンドウ。その問いに対し、
 
 
「そこまでは不明だ。ただ重要な内容だそうなので総司令のお前と副司令の私とユイ君のどちらかが必ず立ち会うようにとのことだ」
 
 
「…………そうか、問題ない。冬月お前が立ち会え」
 
 
ゲンドウの言葉に「…ああ」と返事を返すコウゾウ。そして、
 
 
「それとだ、これが報告の詳しい内容だ。目を通しておけ」
 
 
と、執務机の上に書類の束を置くコウゾウ。ゲンドウはそれを一瞥すると、
 
 
「…あとで目を通しておく。それより諜報部からは何か報告は無いか?」
 
 
「………いや、特に上がって来てはいないな」
 
 
コウゾウの言葉に「…そうか」と短く答えるゲンドウ。その様子を見たあとにコウゾウは、
 
 
「では、私は執務室に戻るぞ。明日の使者の件忘れるなよ」
 
 
と、念を押すと司令室から出ていくのだった。残されたゲンドウは両手を口の前で組んだいつもの姿勢を取ったまま、天井都市からの採光によってゆっくりと夕闇に包まれていく窓の外の景色を見続けるのだった。
 
 
 
 
 
市内・喫茶店
 
夕日が第三新東京市を赤く染め上げる時間帯。大学を終えたアスカ、レイ、マナ、マユミの四人は市内にある女性専用喫茶店(普通の店だとナンパが多すぎるため)で雑談を楽しんでいた。
 
お茶をしながらとりとめの無い話をして盛り上がる四人。と、
 
 
「…ああ!そう言えば今日の昼間にちょっとした事件があったのよ」
 
 
「……何よマナ?」
 
 
マナの言葉に訪ね返すアスカ。その返事にマナは待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべると、
 
 
「…実はね、今日大学で噂の留学生に会ったのよ」
 
 
「……留学生?そんな噂あったっけ?」
 
 
「………留学生………大学で噂………確か名前は九重シン……」
 
 
マナの言葉に首を傾げるアスカ。レイは少し考えながら答え、マユミは昼間のことを思い出し少し恥ずかしそうに俯く。そんな三人の様子を満足そうに見ながら話を続けるマナ。そして、
 
 
「そう、その九重シンよ。昼休みにマユミと話しながら歩いてたら教室から出てきた彼とマユミがぶつかっちゃったのよ」
 
 
「………そう…………マユミさん、怪我は無かったの?」
 
 
「……ええ、大丈夫でしたよレイさん。それに九重さんも丁寧に謝罪してくれましたし、立ち上がるのに手も貸してくれました」
 
 
レイの心配に笑顔で答えるマユミ。と、アスカが、
 
 
「…へ〜紳士なんだ。そこいらのぶつかっても知らんぷりする男共に聞かせてやりたいわね〜」
 
 
「…でしょう!噂じゃあ近寄りがたいって話だけど、全然そんなこと無かったし!」
 
 
アスカの言葉に同じ感想を抱いたマナが力強く賛同する。と、先ほどのマユミの言葉に疑問を感じる所のあったアスカがマユミに尋ねる。
 
 
「…ところでマユミ、さっき立ち上がるのに手を借りたって言ってたけど大丈夫だったの?」
 
 
「……あ!そう言えばそうね」
 
 
アスカの疑問に相づちを打つマナ。アスカの疑問はもっともだった。マユミは軽い男性恐怖症なのである。マユミはその問いに対し、
 
 
「……ええ、それなのですが不思議なんですけど、驚きはしたんですけど別段気にならなかったんです。どうしてなんでしょうね………」
 
 
「「「………………」」」
 
 
軽く首を傾げて考え込むマユミに三人は黙って顔を見合わせることしかできなかった。そしてさらに、
 
 
「……それに、九重さんの微笑みなんですけど、何処かで見たことのある様な気がするんです………只の気のせいかもしれませんけど……」
 
 
昼間感じた既視感を三人に答えるマユミ。その言葉に考え込む三人。特にその時一緒にいたマナはどうにかして思い出そうと頭をひねっている。
 
四人が黙り込み、そして夕暮れのひとときは不思議な雰囲気の空気と共に静かに過ぎていくのだった。
 
 
 
 
 
シンのマンション・リビング
 
時刻は夜の九時過ぎ。夕食を済ませ、エルとルイエは連れだって入浴に向かいシンはお茶を片手にリビングで面白くもないTV番組に霹靂しながらくつろいでいた。と、その時、
 
 
ピンポ−ン!
 
 
呼び鈴の鳴る音にシンは立ち上がると供え付けのドアフォンに向かう。
 
 
「……はい、九重だがどちらさまで?」
 
 
「………隊長、俺です。本部に報告書を届けた時に隊長宛に命令書を預かってきました」
 
 
インターフォンから聞こえる聞き覚えのある男の声、リューガの声にシンは玄関に向かうと扉を開く。そして、
 
 
「…リューガ、お疲れさま。それで命令書は?」
 
 
「……はい、これです」
 
 
と、差し出された大小二つの国連の徽章の入った封筒を受け取り不思議そうな顔をするシン(通常命令書は一通で来る)。そんなシンの顔を見てリューガは、
 
 
「小さい方が命令書です。大きな封筒の扱いは中に書いてあるとのことです」
 
 
「……そうか、判った。リューガ、ご苦労様…」
 
 
「…いえ、では俺は失礼します」
 
 
そう言ってシンの部屋を後にするリューガ。シンはリューガの背中を見送るとリビングに戻りソファーに座る。そして、大きい封筒をテーブルの上に置くと小さい封筒をペーパーナイフで開け中の命令書を取り出し読み始めた。
 
 
「……………ふむ……………………………」
 
 
一通り読み終わり顔を上げるシン。そのシンに、
 
 
「……シン、お風呂先に頂きました。………………シン?どうかなさったんですか?」
 
 
「…おふろあがったよ、しん。…………??」
 
 
と、入浴を終えたエルとルイエが長い髪をタオルで拭きながら声を掛ける。シンはその声に振り返ると手に持った命令書をヒラヒラさせながら、
 
 
「……ん。ありがとう。………二人とも尋ねているのはこれのことかい?」
 
 
「「……はい」」
 
 
二人はシンの問いに声をそろえて答える。シンはそんな二人の様子を見て、
 
 
「……うん、二人が風呂に入ってる間に本部に行っていたリューガが届けてくれた追加の命令書だよ。説明するから二人ともソファーに座ったら?」
 
 
その言葉に促されて二人はシンの両脇に腰を下ろす。そして、
 
 
「…まあ、まずはこの書類を読んでごらん」
 
 
「「……はい………………………………………………」」
 
 
シンの言葉に促されて膝の上に広げられた命令書に目を走らせる二人。そして一通り目を通した後に顔を上げる。シンは二人が読み終わったのを見ると、
 
 
「……判ったかい。簡単に言うとこの書類、中身は通告の文書だけど、それをNERVに届けろって事みたいだね」
 
 
「………何故シンが届けなければならないのですか?」
 
 
命令書を読んだあとエル少し眉をひそめながらがシンに問いかける。シンはその問いに苦笑を浮かべながら答える。
 
 
「ああ、理由か……まあ簡単な話牽制の一つだな。先日の大天使戦の様子はNERVでもモニターしていただろう。それを見ていたのなら奴等に対抗出来るのは自分達だけじゃあないことも判っているだろうし、自分達が唯一でないことを理解させる良い機会とでも考えているんだろう…」
 
 
「……なるほど、でもNERVのEVAは前回役に立たなかったですよ?」
 
 
と、エルは前回の醜態を思い出し笑いしながら聞き返す。シンは、
 
 
「……確かにな…まあお偉方は予算を取ってたんだから弾避けぐらいにはなってもらいたいんだろ?」
 
 
「…………シン、まさかNERVと協力しよう何て考えていませんよね?」
 
 
「……それこそまさかさ。だいいち、あの程度の代物では弾避けにすらならないだろ?役に立たない奴等と協力する気は無いよ」
 
 
エルの言葉に軽く肩をすくめるシン。それを聞いてエルは安心した様に胸を撫で下ろすのだった。と、今度はルイエがテーブルの上の封筒を指さしながら、
 
 
「……しん、それでけっきょくこのふうとうのなかみ、つうたつぶんしょのないようはなんなんですか?」
 
 
「う〜ん、たぶん大天使戦の戦闘優先権の一時凍結か何かじゃあないかな?」
 
 
と、軽く首をひねりながら答えるシン。
 
 
「……いちじとうけつ…」
 
 
「ああ、たぶんだけどな…まあ、本当のところは明日になってみれば判るさ…」
 
 
最後に「考えても始まらないよ」と付け加え机の上の封筒の上に自分宛の命令書を置くシン。そのあとで納得した様な、していない様な表情のエルとルイエの頭を軽く撫で、そして、
 
 
「……まだ少し濡れてるな……二人ともちゃんと拭いた方が良くないか?」
 
 
「…このままで構いませんよ、シン…」
 
 
「…このままでいいです。どうせとでぐしゃぐしゃになっちゃいますから…」
 
 
シンの言葉に軽く頬を赤らめて、指で髪をいじりながら答える二人。シンはそんな様子の二人に軽く微笑むと、
 
 
「判った。じゃあ風呂に入ってくるから先に寝室に行っていてくれるかい?」
 
 
「「……はい…」」
 
 
と、シンは二人の頬に軽くキスをしながら立ち上がり浴室に向かい、エルとルイエの二人はシンの言葉を聞き軽く頬を染めたまま寝室に向かうのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第二章・過去と現在・前編 了

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