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「禁忌〜Linus nineteen(87Helz様25のお題より)」




 その小奇麗な店は、ライナスの目線の高さに看板が下がっていた。連れ込み宿の印と女の名が刻まれているが、女将の名だろうか。たしか父親と代わらないような歳のばあさんだったように覚えている。流石の兄でもまさかアレは買わないだろう。
そんなどうでもいいような事を考えたのは、店に入ろうか入るまいか躊躇している証拠だった。
「ちょっとした試しだよな・・・たまにはよ、自分で買うのもいいしな・・・」
 言い訳を口にしながら商売宿の前をうろつく姿など珍しくもなかろうが、しかしライナスの姿は目立ち過ぎる。ロイドがいれば頭の一つも張り飛ばされたことだろう。 目立つな、商売を考えろと。そいいう意味ではライナスは暗殺の仕事に向いていなかった。
「俺だってもう餓鬼じゃねえんだし・・・」
 自腹で買うのは初めてである。牙のヤマの分け前はたんまりと貰っているのだが、自分で払おうとすると生意気だとばかりに兄が顔をしかめるのだ。ついでに言えば父親はいまだに自分達兄弟を、ボウズだのチビだのと呼ぶ。
良く似た親子だとひと事のように考え、店の扉を開けた。

「あれ、お客さん。贔屓にしてくれる気になったかね」
 女将はライナスを覚えていたが、人目につく巨体であるし当然ではある。おまけにあの時は兄もいた。さぞかし目立つ二人組だったことだろう。
「そうそう!丈夫なのがいいって言ったんだよ、アンタ!」
 その時のことを思い出し大笑いをされるが、それを言ったのはライナスでは無い。 随分な言い草でいらない恥をかかされたのだが、今はそれどころではなかった。しどろもどろになりながら口を開く。
「そのよ・・・あん時の奴、いねえかな・・・」
 そういえば名前を聞いていなかったし、実は顔もよく覚えてはいない。一度見たり聞いたりした顔や名前は必ず覚えろと兄に言われているのだが、そんな器用なマネは出来なかった。とにかく女将に覚えられているのなら好都合だ。
「いなけりゃいいんだ!いりゃ顔なじみでいいかって・・・」
「ああ、いるともさ。今日は客もついていないしね。ぴんぴんしてるさ」
 丈夫なのを寄越せといわれ、女将は気をきかせたつもりか男を寄越したのだ。すぐに呼んで来させるからと、前の時と同じように小間使いの女に手を取られ部屋へと案内された。そして前と同じように後ろからの声に驚いて振り返った。
「連れの綺麗なツラのあんちゃんに言っとくれ。ドナは故郷に帰っちまったよ」
 それはロイドが名指しで買った気のいい踊り子で、惚れて求婚した女の名だった。 だが断られ、その晩酔いつぶれた兄の介抱をしたのではなかったか。
実際のところはよくわからなかったが、ライナスはそう信じていた。

 前とは違う部屋だったが、この店は女を選ばせる訳では無いようだし、部屋を商売女達に貸しているだけなのだろう。通りで拾ってシケ込むのが作法なのだろうが、ここは横着な兄の贔屓の店である。金を渡せば店が代わりに呼んでくるのだろう。
(言ってくれっていったってよ・・・また酔いつぶれでもしたらどうすんだよ)
 踊り子のドナ。ライナスには兄の何が気に入らないのかが理解出来ない。綺麗な声で歌を歌い、巫女のような踊りを踊っていた。ロイドの名も知っていた。古馴染みのようだったが、もしかしたら牙のことも知っていたのかもしれない。
(殺しの仕事をしてるからかよ・・・やっぱ、嫌なんかな)
 それなら納得出来るし、それ以外に思いつかなかった。女だから殺しが恐いに違い無い。自分は男だし弟だから側に居られるが、そうでなかったらどうしたのだろうか。 たとえば牙の手下か何かで、遠くから見ていることしか出来ないのか?もしも兄弟でなかったら、目を向けてはもらえないのだろうか。
(・・・兄弟じゃなかったら、別に俺だって気になんねえかもしんねえよな)
 だが、あの目。ほんの時折見せる、薄い幕に明かりが灯るようなあの兄の目が、自分に決して向けられることが無いのかと思うと気が狂いそうになる。兄弟でなかったら、身内ではなかったら。
ドナは西方の出だと聞いた。家族の元にでも帰ったのだろうか。酔った兄が歌っていた歌がそんな文句だったかもしれない。
ライナスは、ドナが羨ましそうに自分を見ていたことなど気付いてはいない。

 例の男が現れ、ウォルですと名乗った。あの時は声が似ていると思ったのだが、もう一度聞いてみると何かが違うような気がする。
「リキア人みたいな髪でしょ。捨て子ですから親がどこの出かなんて知らないけど」
 ウォルというのはリキア人を指す通称である。特有のありふれた名であるからなのだが、たとえばベルン人はオレグと呼ばれるらしい。ウォルは前の時と同じように酒をついでくれ、向いに座ってにこにこと笑っている。
「気が変わりましたか?今日はお兄さんは一緒じゃないんですね」
「兄貴の話はいいんだって。・・・別に、なんとなく思い出しただけだよ」
 先日酒の肴に上がった昔話が、アイシャとラガルトが男を取り合ったというものだった。ラガルトは時々ロイドを相手に悪ふざけをするのだが、その話を聞いて以来どうにも落ち着かない。
そして思い出したのがこの男だった。確か"教える"などと言っていたではないか。
「その・・あれだ・・男でも・・その、そういうのって気持ちいいもんか?」
 話によればラガルトはどちらでもいいらしかった。こんな店に男が置いてあることは知っていたが、金の無い奴が安上がりに済ませるものだと思い込んでいた。しかし先程前払いで払った金は、女のものと同じである。あのやり手風の女将にカモられたとしか思えない。
「うん、男の方が具合がいいって人は結構いますよ。でなけりゃ商売出来ないし」
「お・・お前は男が好きなのかよ・・・男とやるのが好きなのか・・・?」
「ん?俺は商売ですよ。別に嫌ってわけでもないし、他に稼ぐあてなんか無いしね」
 ライナスはそれならよく分かると頷いた。最近はどこの街も貧乏で、金を稼ぐのもひと苦労だ。孤児だと言うこの男が食う為に身を売っているというのなら、それはもっともな話だった。ライナスは案外浪花節に弱い。
「男が好きな奴ってのはよ・・・どんな奴が好きなんだ?女みたいな奴か?」
 魔道士などに時折いるのだが、女と見間違えるような男を見たことならある。そういうのを女の代わりに抱くのなら分かる気がするが、目の前の男はまったく普通の男だった。ライナスは卓子に身を乗り出した。
「綺麗な男ってことでしょ?そういうのが好きな奴は、女も好きなんですよ」
 ラガルトは面食いだと皆が言うが、兄にからむアレは本当に悪ふざけなのか?まさかどうこうしたいと思っているのでは無いのだろうか。ロイドが"女みたい"ではないのは確かだ。あんなに凄みのある男は兄以外にはそうそうおらず、女っぽいところなど欠片も無い。ただし本当に血が繋がっているのかと疑う程見栄えがする。
「男が特別好きな奴は、普通の男が好きなんじゃないかな。好みはあるだろうけど」
「た、例えばよ・・・例えばだぜ?金色の髪で、上背は結構あるけど割と細くて・・ ちょっと綺麗だけど女にゃ見えないような、男前なツラだったりすると、その・・・ どうなんだ?」
 声がどうの目の色はああだのと、手振りを交えて大真面目に長々と説明し、誰ってことじゃねえぞと言い訳を付け加える。ウォルには勿論、何の話かはよくわかった。その人物なら前回見かけているし、"知って"もいる。
「随分素敵な人に聞こえるな。そんな人が好みだって奴は多いんじゃないですか」
「そ、そりゃ・・・男だけが好きだって奴だよな?!」
 ウォルがとぼけてそう答えるが、ライナスは余計分からなくなり混乱した。そもそも何故そんなことがこんなに気になるのかがよくわからない。結局誰の何が気にかかっているのか、よく分かっていないのだ。
「さ・・される方はどうなんだよ・・お前は、き、き、気持ちいいのか・・?」
「ねえ、また酒飲み話に来たんですか?俺はかまわないけど、随分高い酒でしょ」
 店が出した酒は払いに含まれているが、安酒である。しかしそういえばこれはサカの酒で、兄の好みだった。女も酒も好みの店だったのだろうか。そう、兄は男を抱いたりしないはずだ。しかしあの様子だと、女が特別好きだというわけでもないらしい。 なにせ好みが"頑丈で年増"なのだから。
「試してみたらいいじゃありませんか。ね、俺上手いですよ」
「俺は・・・お、男とやったことなんかねえぞ」
 興味が無いわけでは無い。女を買うにも高くつくし、ラガルトをはじめ周囲の連中は、男同士でやることなど珍しくも無いと言いたげである。しかし、もしもこんなことが知られたらどうなるのか。
「上手くやってくれれば、気持ちがいいんですよ。教えてあげましょう」
 そもそもここへは買う為に訪れ、わざわざ指名までしたのでは無いか。

 ウォルは間違い無く男娼である。ライナスの体を触る手は、誘うことに慣れていた。 優しくして下さいねと囁かれて、ライナスは耳を真っ赤に染める。
「どこを使うか知ってますか。女のこっちを使ったこと無いですか?」
「あるけどよ・・・」
 時にはそっちにしてくれと言われることがある。あまり好きでは無いのだが、女の言う事を良く聞けと兄にクギをさされているので仕方が無い。以前夢中になって好きなようにやっていたら、女が逃げ出し大騒ぎになった。あの時はたっぷり叱られ、以来何故か必ず二人買ってくれるようになった。
「なら一緒ですよ。俺達は自分で準備して来ますから、多少無理しても大丈夫です」
 でもあなたのはちょっとキツそうかなと、ウォルは笑った。寝台に飛び乗り下衣を脱ぎ始め、ライナスの心臓は跳ね上がった。声では無い、こちらを見据える目が似ている。
「そら、いらっしゃい。教えてあげますから大丈夫ですよ」
 声では無い、喋り方の何かが似ている。のそのそと近寄って来るまるで従順な巨獣のようなライナスの姿に、ウォルは幾分意地の悪い気分が込み上げた。案外可愛らしいし、虐めてみたくなる。
「ねえ、商売してる奴以外にはいきなりやっちゃ駄目ですよ」
「な、なんだよそれ・・・」
「そういう場合はね、女がするみたいに先にいい気持ちにさせてあげて下さいね」
 やり方は知っていますねとにこにこと笑い、ライナスは目を丸くした。勿論知ってはいるが、男相手にそんなことをやるのだろうか。女にしたりされたりするのとたい して変わりませんからといわれ、ちらりと想像しライナスは顔を真っ赤に染めた。
「好きな相手なら、してやるだけで自分も自然に立っちまいますから」
 俺達にはしなくても構わないしその気にさせてあげますけどと、そろりと股間を触られライナスは後ずさる。服を脱げと手振りで言われるが、ライナスは首を猛烈な勢いで横に振った。
「いいんですか?何もしなかったら、俺じゃその気になんないでしょ」
「い、い、いい・・・じぶ、自分でやるから、いいってんだよ・・・!」
 妙な客である。自分で済ませるのに飽きた者がここへ来るのだが。
「ふーん。じゃ指をつかって広げて下さい。こんなのを使うといいですよ」
 寝台の横の机の上から、小さな革袋を取ってライナスに渡した。中をのぞくと傷薬のようなものが詰まっている。客が使うことなど滅多に無いのだが、ウォルはとぼけた表情で勧めてみた。
「俺達は自分でやるし、使わなくてもいいんだけど。やったことあります?試しにやってみますか?ね、練習ですよ」
 何の練習だというのか。だがライナスは逆らうことも無く、恐る恐る袋に手を入れる。そしてウォルのからかい混じりの台詞に、ぎょっとしたようだった。
「木の汁ですよ。普通の人は最初はそいつを使わないと怪我をさせちまいます」
「け、怪我って・・・ああああそこをか・・?そ、そうだよな・・痛いんだよな?」
「うん。あなたは大きな方だから、無茶すると壊しちまうかもね」
 今度は首をやはり猛烈な勢いで縦に振る。ゆっくりやれだの素人の場合はどうだのとからかいながら、意外に純情なその様子をウォルは眺めていたが、ぴたりと動きが止まり怪訝に思い顔を覗き込んだ。
うつむいた顔は、目から涙が溢れ出ている。
「ち、ちょっと・・どうしたんです?」
「・・・・・・・ワケがねえ」
 寝台がきしむ程の巨体が、肩を震わせ涙を拭いもせずに泣いていた。ウォルには何が起きたのか見当もつかない。とりあえずシーツで涙を拭いてやった。
「こんな・・こんなマネして・・・許して貰えるワケがねえよ」
「ああ・・・俺、いじめすぎました?」
 誰が許さないというのか、ウォルには分かった。試しに、練習にと、散々当てこすったが、まさか泣き出すとは思わなかったのだが。
「こんなのバレたら殺されちまう・・・こんなマネ・・・」
 それが男を買うという意味なのか、それとも別のことなのか。ウォルにはよく分からないし、おそらくライナスにも分かってはいないだろう。だが不興を買うということだけは信じて疑わないらしい。
「殺されちまって・・・クズ野郎だとしか覚えていて貰えねえ・・・そんなの嫌だ」
 死んでしまったら永遠に嫌われたままだ。兄は決して許さないだろう。思い出しても貰えないに違い無いと巨体を震わせる。
「それとも、口も利いて貰えなくなって・・俺のことなんか見てくれやしなくなる」
 兄は嫌いな相手には、同じ部屋にいるのも嫌だというような態度をとった。口も利かず、目も向けず、近寄れば殺すと言わんばかりである。
「嫌だ・・・嫌だ・・・そんなのは嫌だ・・・兄貴・・・ごめん兄貴」
 兄の目が自分意外に向けられているだけで腹が立つ時すらある。もしも自分を見るあの目がそこには誰もいないというような、その光景を想像するだけでライナスは絶望し、声をあげて泣いた。
「あ、兄貴に、き、嫌われるくらいなら・・・!死んじまった方がいい・・今死んじまいてえよ!」
 そうして永遠に弟として記憶されるだろう。ウハイが言うように天上の世界でもう一度会えるのかもしれない。ロイドが草原に憧れていることをライナスは知っており、 その草原が地上には無いこともわかっていた。そこでもやはり兄弟なのだろうか。それは本当に幸運なことなのだろうか。
「ごめん兄貴、ごめん・・・ごめん・・・嫌わねえでくれよ、兄貴・・・」
「ああ・・・大丈夫ですよ。大丈夫ですから」
 ウォルが抱き寄せてやると、巨体をふるわせてしがみついた。兄に謝り続けている。 嫌わないでくれ許してくれと、まるで呪文のようである。
「大丈夫ですよ。あなたを・・・嫌う人なんていやしませんから」
 狂犬と呼ばれベルン中に恐れられている男は、まるで叱られた子供のように謝り泣いていた。それ程兄に嫌われるのが恐いのか。
それ程兄を愛しているというのだろうか。
「お、お前なんか・・全然似てねえ・・・兄貴に似てる奴なんかいるわけねえ・・」
「うん、そうですね。大丈夫ですよ・・・あの方は、あなたを嫌ったりしませんよ」
 大丈夫と言う声はあまり似てはいなかった。似ているのは声ではなく喋り方なのだ。 ロイドは人前に出る時はこんな喋り方をした。訛の無い、どこの出かよく分からない 独特の喋り方を。ライナスには、彼等が何故そんな喋り方をするのか今は思い出せない。
「あなたみたいな人に想われたら・・・どうするんでしょうかね」
 ウォルには、今なら簡単にライナスを仕留めることが出来る。この賞金首を国に差し出せば、結構な手柄になることだろう。しかし兄弟の片割れはどうするだろうか。
二つ名のごとく、死ぬまで自分を追い続けるだろうか。

 大丈夫だと言う声は、もう似ているとは想わない。見覚えがあると思った目は、今は目の前に無い。そういえばこの男はなんと言っていただろうか。殺し屋の薄い幕がなんとか。そう、兄は恐ろしい男で、恐ろしいからこそ、まるで白い狼のように誰よりも綺麗だった。
(兄弟じゃなかったら・・・俺だって・・・)
 そしてどれ程自分が弟として特別扱いされていたとしても、いつ置いて行かれるかと不安にならない訳ではない。嫌われるよりもっと恐ろしいのは、ある日突然地上から姿を消されてしまうことだった。

ドナはその事も知ってはいたが、それでもライナスを羨ましそうに見つめていた。



END

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izzyさんにキリリクSS書いていただいて、そのお礼にイラスト差し上げたら、そのまたお返しにいただいたvvvすばらしいSSでございます。izzyさんのサイトで読むことのできる「身内」の後日譚です。
 私、自分でサイト作る前から、izzyさんのところにいそいそ通い続けております。白狼兄さんがね、もうね、もうね、私の★理想★以外の何ものでもなくてね〜男前で手強くていらっしゃるんですよ。ああ、ライナスが兄さんに手ェ出せない気持ちもわかります。
 このお話、ライナスがめちゃくちゃ可愛いですわーvv。そりゃ色々と教えてあげたくもなりますよねえ。私が兄さんだったら、このライナス、押し倒してヤっちまいますよ。…ロイライか…それも良しってことで(笑)
 ライナスってば、後ろ使ってネエちゃんといたしたことあるなら、一緒だよ。男は○○腺あるからきっと気持ちいいはずだよ(腐女子定番○○腺ドリームv…異論もアリ)。やっちゃえv減るもんじゃなし、旗振ってベッドサイドで応援するからよvvなどと思っていやがる身もフタも無い私をお許しください。
izzyさん、ラガルト×ロイドもまた書いてくださいねえっvvv
                                             by とりの
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