「セイン的観察眼」
本人よりも他人の方が気づく事というのは、実は結構ある事で。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
かれこれ、十分程は無言の睨み合いを続けている人間が二人。同年齢頃らしい、騎士の装いをした二人の青年だ。片方が赤を基調とした装いをしていて、もう片方が緑を基調とした装いをしている。いわずもがな、キアランの騎士コンビである、ケント隊長とセイン副隊長だ。
いつもなら、この程度の睨み合いは周囲も放っておく事にしている。彼等の口喧嘩は今更で、ここまで性格が対極でありながらコンビを組んでいる事自体、ある意味不思議でたまらない。もっとも、正反対だからこそ、うまくバランスがとれているのだろうが。
先に目を逸らしたのは、ケントだった。そのまま立ち去ろうとした彼の腕を、セインがしっかりと掴む。容赦がないともとれるその力の込め方に、当然ながらケン
トが反論しようと口を開いた。しかし、その口をセインは自分の掌で塞ぐ。どうなる事かと見守っていた兵士達に、彼はにっこりと笑った。
いっそ腹が立つ程清々しく、しかもあっさりと言い放つ。
「今日の訓練は、基礎だけで終わりな。自分達でやっとけよ。」
『・・・・・・・・副隊長?』
「隊長は、どうやら風邪を召されたらしい。俺はこれから尽きっきりで看病する
から、後はお前等だけでやっとけよ。」
『は、ハイ!』
疑う事を知らないのか、それともいつもの事だと思っているのか、兵士達は敬礼して頷いた。それを満足そうに見た後に、セインはケントを引きずって歩き出す。
抵抗 しようとして暴れたケントの方を振り返り、セインは笑った。
肉食獣が獲物を見つけた時の笑みに似ていた。怒っているのだと悟り、ケントは自分の負けを悟る。普段は軽く見えるが、これでセインはなかなか頑固だ。
「大人しく、ついてこい。でないと、このままリンディス様の元に連れて行くぞ
。」
「・・・・・・・・・・・解った。」
「よし。じゃあ、後の事は頼んだぞ?」
「ハイ、お任せください、セイン副隊長。」
数名の下士官達が微笑みながら二人を見送る。この好対照な隊長副隊長のコンビを、彼等はとても愛していた。だからこそ、彼等がお互いの為にならない事をするわけがないのも知っていたし、どちらかの体調不良をどちらかが見抜くのもいつもの事だった。
ただ、今日のセインは少し機嫌が悪そうだなぁ、と思わないでもなかったが。
おそ らく、何度か止めたんだろうなぁ、と部下達は思う。ケントの頑固さ、生真面目さは筋金入りで、多少の熱では訓練を休む事をよしとしない。逆にセインは身体を大事に考えて、何かあればすぐに休めというタイプだ。
「・・・・・・・副隊長、怒ってたよな。」
「まぁ、隊長に危害を加える事はないだろうさ。」
「それもそうだな。じゃ、訓練に戻るか。」
「あぁ。」
自分達が立ち去った後で、愛すべき部下達がそんな会話をかわしていた事を、二人は知らない。知らなくて良かったかもしれない。聞いていたら、きっとケントはまた何か叫くだろうから。セインは温かい目で見守ってくれるだろうが。
つまり、そういう所まで、彼等は対照的だった。
その後、ケントはセインに半ば連行されるようにして自室に連れ戻された。有無を言わさず着替えを命じられ、そのまま寝室に押し込められる。大人しく寝ていろと言いつけておいて、セインは何処かへ出かけていった。
一人取り残されたケントは、どうしようかと途方に暮れる。ご丁寧に、書類の類も全て別室に持って行かれている。おそらくはセインの部屋だろう。何せケントは、そういったモノが目の前にあると、ついつい読み耽り判を押してしまう癖がある。
休めといわれても、休めないタイプなのだ。
「・・・・・・・まったく、あいつは・・・・。」
この程度でどうこうなるほど、ヤワな身体をしているわけではない、とケントは思う。ただの風邪程度、気力でどうにでもできると、彼は思うのだ。見習いなどではなく一人前の騎士である以上、しかも部隊を纏める隊長であるのだから,そうそう簡単に休んでなるものか、という思いがケントにはある。
しかし、セインに勝てないのも事実だ。ふざけているようで周りをよく見ているセインは、ケント以上に他人の体調に気を遣っている。その最もたる相手がケントであるという事を、彼はいまいち理解していないが、セインがその観察眼でもって自分の体調不良を見抜いた事だけは解っていた。
ゴロリとベッドの上に横になり、どうしようかとぼんやりと考える。昼間から
大人しく寝ている事ができる程、彼はのんびりした性格ではなかった。どちらかというと、仕事に追われている方が安心できるというタイプで、休むという概念は頭の中から抜けている。忠誠を誓った相手に尽くす事が喜びで、その為なら多少の苦労もいとわない人種だ。
お陰で、端にいるセインのような性格の人間が、苦労する。明らかに身体を壊すと思える生活をしていながら、当の本人はケロリとしているのだ。おまけに、ちょ
っと気を抜いて目を離していると、突然倒れたりする。今までケントにそれがなかったのは、ひとえにセインが日々観察し、管理していたからだ。
「お、ちゃんと寝てるな。」
「お前が、それ以外にできないようにしたんだろうが。」
「当たり前だ。書類や書物なんてモノを置いておいたら、お前は絶対に寝ないからな。大人しく休んどけよ。風邪は、引き初めが肝心なんだ。」
「たかが風邪程度、私は・・・・・。」
「風邪は万病の元って言うだろうが。言う事聞かないと、動けなくするぞ?」
「・・・・・・・・・そう言いながら、片手に怪しい薬をちらつかせるのはやめてくれ。」
長年の付き合いから、セインの言葉が嘘ではない事ぐらい、よくよく解っている。有言実行タイプのこの男は、ケントが大人しくしていなければ、絶対に一服盛るに決まっている。そして、その事実を問いつめたところで、ケロリとしているに決まっているのだ。解りきっているので、もう諦めた。
トレイに乗せた果実を並べながら、セインはベッドの横に椅子を持ってきて座る。
サイドテーブルの上に並ぶ色取り取りの果実に、ケントは不思議そうな目を向けた。
その視線を無視して、セインは慣れた手付きで果実の皮をむき、切り分けていく
。意外に上手く、剥き終わった皮は一枚の長いひものようになっていた。
皿の上に乗せた果実にフォークを突き立てて、セインはそれを差し出す。見慣れた果実だが、確か今の時期にはないはずだと、ケントは思う。少なくとも、この時期のキアランではとれない。他の領地ではどうか知らないが。
「セイン、これは・・・・・?」
「ん?そろそろお前が熱出す頃だと思って、取り寄せておいた。腐る前で良かったよなぁ。俺の読みも、まだまだ大丈夫って事か?」
「・・・・・・・・・貴様は、バカか。」
「バカはないだろうが、バカは。お前、体調悪い時には果実ぐらいしか喉通らないくせに。だったら、やっぱり好物の方がいいだろう?」
「・・・・まさか、その為だけに?」
「当たり前だろ?俺は別に、特別これが好きって訳でもないし。」
あっさりと言い放つが、それはそもそも、普通の事ではないように思えた。が
、今更何を言っても目の前に果実はあるし、それをセインがケントにと取り寄せたのも事実だ。だから、今はあえて何も言わずに、有り難くその好意に甘えておく事にした。
しゃりしゃりと果実を食べるケントを見ながら、セインは笑みを浮かべている
。本格的に悪くなる前に治ってもらわないと、心臓に悪いのだ。ケントはあまり気づいていないかもしれないが、セインはこれでかなり心配性だったりする。勿論、誰に対してもというわけではない。主君以外では、ケントだけだ。
「美味いか?」
「あぁ、美味しい。」
「そりゃ良かった。」
「・・・・・食べるか?」
「食べさせてくれるのか?」
「何でそうなる。」
「フォーク、それしか持ってきてないんだ。」
にっこりと笑ったセインと、一本だけのフォークを見比べて、ケントはしばし沈黙した。どうするべきかと悩んでいると、もの凄く期待に満ちた目があった。どうやら、食べさせて欲しいらしい。それに気づいて、がっくりと肩を落とした。
それでも騎士か、と叫ばなかったのは、セインの好意が嬉しかったからだろう
。
覚悟を決めたように一度息を吐き、ケントは果実の一切れにフォークを突き刺した。そしてそれを、セインの方に向ける。期待に満ちた目が、そこにあった。
「・・・・・・口を開けろ。」
「いや、ここはやっぱり、お約束だろ?『あーんしてv』って言うのが。」
「・・・・・・・・嫌なら食うな。」
「解った、ごめんなさい。俺が悪かったから、フォーク引っ込めないで。」
ぱくりと果実を口に頬張り、セインは嬉しそうに笑った。何がどう嬉しいのか解らなかったケントは、そのまま皿ごと果実をセインに押しつけた。
「・・・・・ケント?」
「寝る。」
「ん。お休み。」
そう告げたセインの声が、妙に優しく聞こえたのは、気の所為だろうかと、ケントは微睡みの中で思った。
俺が側にいるからさ、と告げられた言葉は、ケントには聞こえなかった・・・・。
FIN
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銀月の神話
◆ つかささんのサイトにある、セインが弱ってるSSを読ませていただいて、
対でケントさんが弱ってるのをぜひお願いしますvvとリクエストさせていただいたものです。
こんなにステキなお話を、ほんとにあっというまに書いていただけて、感激してます。
どうもありがとうございます。
つかささんのお書きになるセインは、甲斐性のあるイイ男ですわ〜。
全然わかってないケントさんにも萌え萌えですvvv
by 新 とりの |
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