東側通用門に地味な引っ越しセンターのトラックが横付けしている。
しかし、運転手は余り地味とはいえない男たちだった。
帽子の中に収まりきれない溢れ返るような黒髪と浅黒く日焼けした顔に鋭い目つきの男。
もうひとりは、大理石の彫刻のような整った顔に紺碧の瞳、絹のような金髪の男。
トラックの荷台から最後の手荷物を取り出すと、アンシーとジャンヌは運転席のふたりに手を振った。
「気をつけて、師団長閣下」
「じゃ、父兄の皆さん行って来るねー!」
「お前が父ね。父」「貴様だろ、貴様」
笑いながら、ジャンヌとアンシーは東門を潜った。
大笑いしながら校内に入ったのに、アンシーは東館の前に立つと、また、ちょっと泣きそうになった。
ジャンヌは何も言わずに、寮の玄関でアンシーを待った。
ふたりは黙ったまま2階の居室にあがり自分たちの荷を置いた。
アンシーは窓辺にある薔薇の鉢植えを手に触れると、
そのままじっと窓の外を見つめ動かなくなってしまった。
…ウテナがもうこの校内の何処かにいるかも知れない!…
…今すぐにでも飛び出して探しに行きたい…
最近、ジャンヌはアンシーの表情からかなり気持ちが読み取れるようになって来ていた。
以前のアンシーなら不可能だったはずだが、いまはとても素直な表情をするようになっていたから。
…わたしの王子さまの心は随分遠いところにいるのね…
…心に決めた人のことで、いっぱい…
どうせ始業は明日だ。なら、今日は校内を見て回ればいい。
「アンシー、今日は校内を案内して欲しいなァ」
「はい?」
「ふたりでウテナを探そう」
「はい!!!」
ふたりは海外からの転入を口実にして制服は着ていない。
代わりに柔らかな乗馬ジャケットにシフォンのブラウス、
フルレングスのスパッツにショートブーツというシンプルな出で立ちだった。
でもたとえ、制服を着ていたとしても、このふたりが並んで歩いていたら、とても、目立つこと甚だしい。
すれ違うほとんどの生徒(とくに男子)が振り返って見ていた。
「先ほどから、いやに注目されているように思うのですが、やはり制服を着ていた方が…」
「なあに、アンシーが可愛いから男の子たちが見ているだけさ」
「そんな…」
「君たちが転入生か?」
ふたりに実際に声をかけた生徒が現れたのは校内探索を始めてからかなり経ってから、薔薇の温室の近くだった。
「西園寺先輩!!」
「久しぶりだな!アンシー。オレに会いたくて戻って来たのか?」
その男は派手な巻き毛の髪を長く伸ばした美男子だったが、アンシーは露骨に嫌そうな表情だった。
だから、ジャンヌはアンシーを庇うように立ち塞がった。
「誰だッきさま!」
「男が先に名乗るものだろう」
「むううう、オレは西園寺莢一!鳳学園生徒会副会長だ」
「ふーん、では君がデュエリストか?わたしはジャンヌ・ド・オルレアン。アンシーの…」
「新しいデュエリストだな!」
「おいおい、人の話は最後まで…」
西園寺は、はなから決めてかかっていた。すでに刀に手を掛けている。
「アンシーに聞いていた以上の阿呆だな」
ジャンヌは構えず、そのまま、ただ歩いて西園寺との間合いを詰めた。
このくだらない相手はさっさと片付けると言わんばかりだった。
西園寺は抜刀することが出来ぬまま一足一刀の間合に踏み込まれていた。
ジャンヌはただ占位するだけで西園寺の間合を潰した。
西園寺はあっという間に温室のガラスに背があたるところに追いつめられ、スペースを求め喘ぐ。
「くそ!」
焦りから、西園寺は自ら死地に踏み込んでしまった。
六百年に渡る実戦経験を持つ者には赤子同然であった。
どうっと音を立て西園寺莢一は地面に背中から叩き付けられた。
抜刀することさえ許されなかった。
空が高く見えている。
その女の顔は空を背景にすると何処かで見たことがあるような気がしたが、何しろ世界がグルグル回っていたので思い出せなかった。
「次回からは容赦しないから覚えておくように」
女はそう言った。
その2
Return to flowers