「こんな遅くに来てくれてありがとう。幹くん」
もう一度握手してウテナが、帰ろうとした時に幹はどうしようか迷っていたことを伝えることにした。
そうしないと、復学したその日の夜に真っ先に自分に連絡して来てくれたウテナに報いることにならないと思ったからだ。
「ウテナさん、本当は初めに伝えるべきことだったのですが…とにかくこれだけは言っておかないと」
「??」
「アンシーさんが帰って来ています」
「本当?!!!!!」
ウテナの表情はあっという間にお日様のようにキラキラした。
「西園寺さんが目撃しています」
「西園寺が!!」
「ああ大丈夫ですよ、指一本触れることも出来なくて激怒してましたから」
ウテナは胸を撫で下ろした。幹はそれを見て自分もなんだか嬉しくなった(西園寺先輩ごめんなさい)
「東館にジャンヌ・ド・オルレアンという人と一緒に入居しています」
「東館か…懐かしい、大昔のことみたいに感じるよ」
「幹くん、今夜はほんとうにありがとう」
「お役に立てて良かった」
ふたりは、改めて握手を交わしウテナは寮に戻って行った。その速さは風のよう。
「ああ、もう、行ってしまった」
ふたりを見張っていた者のうち、梢は握手だけでウテナが帰ったのを見てほっとした。
一方、ミツルはアンシーが戻って来たことをウテナに伝えたことで幹を敵だと決めた…。

始業式の終わった放課後の体育館まえには、人だかりが出来ていた。
話題の転入生が現れたのを物見高い一般生徒が早くも嗅ぎ付けたのだった。
フェンシング部の練習は未だ始まっておらず、部長の有栖川樹璃も来ていない。
基礎の打ち込みをしているのは薫幹ひとり。
彼を見ようという女の子のギャラリーがかなりいたが、いま、それ以上の数の人だかりが入り口付近から移動してくる。
ふたつのひとだかりは、やがてひとつとなり最後にまた、左右に分かれていく。
そのなかから現れたのは、まるで、そこだけ世界が違うというような空気を纏った少女だった。
ピッタリとフィットした漆黒の詰め襟とタイトパンツがキリッとして印象的。
そして、なんといっても天上ウテナの双子の妹として、転入初日からすでに校内中で話題になっている人だ。
「生徒会役員の薫幹さん?」
「ええ、そうですが」
「わたしは今日から鳳学園にお世話になる剣と申します」
「ボクに御用ですか?入部希望でしたら大歓迎ですよ…」
ミツルはニコリともせず氷点下の視線を幹に向けて言った。
「少しお願いがありまして」
幹は思わず間抜けな返事をしてしまった。
「は?」
「ウテナ姉様に近づくのは・止・め・て・く・だ・さ・い」
幹の表情は瞬時に険しいものに変った。
「それはあなたに指図されるようなことでしょうか?大体このことをウテナさんは知っているんですか?」
「それこそ、余計なお世話ですわ」
幹はどちらかといえばフェミニストだったから、
まさか自分が女の子に対して、初めて会ったとたんに、これほど敵意を抱くことがあるとは思っていなかった。
しかもそれが、自分が好きな相手とそっくりな妹だというのだから始末が悪い。
しかし、たとえ家族だとしても、
「誰とは付き合うな、誰は好ましくない」と、交際相手を勝手に決めるような連中は嫌いだった(幹の回りにかなりいたのだが)
だから、幹ははっきり言ってやった。
「ボクはウテナさんが好きです。それを、あなたにとやかく言われる筋合いはありません」
ギャラリーから「えー」とも「ぎゃー」ともつかない悲鳴が上がった。
ミツルは憮然とした表情で幹を睨んだまま、胸ポケットに手をやるとポケットチーフの代わりに入れていた黒いレースの手袋を取り出した。
そして、ゆっくりとしたモーションでそれを幹の顔めがけて放ってよこした。
「なら、答えはこう」
手袋をチャッチした姿勢のまま幹も言い返した。
「とッても失礼な人ですね。ウテナさんとは大違いだ」
「でも、決闘は受けましょう。後悔してもおそいですからね」
ミツルの表情はますます冷酷さを増して、なにか眠たそうにさえ見える。
「ルールと場所は任せますわ。助っ人を呼んでもよろしくてよ」
幹は完全に頭に来た。
いくら女の子でも、ウテナにそっくりでも、もう絶対に赦さない。こいつはブチのめす。
「では、いますぐ、いきましょうか決闘広場へッ!!!」
いきり立った幹の叫びは、ミツルを喜ばせただけだった。

古い廊下をきしませて、キララが根室記念館3階のサロンに駆け込んで来た。
「大変!大変!!た・い・へ・ん・んんんんんーーーーーーー」
「どうした!?」
お庭番全員が弾けるように立ち上がった。
「ミツルちゃんがまたやっちゃったよーーーー」
「何を?」
「生徒会の役員に喧嘩売っちゃった!決闘だって!!」
月子はもう、部屋を飛び出していた。
根室記念館の長い廊下を突っ走る。誰もついては来なかった。
…あッそうか!越して来たばかりだから、場所が何処だか分らん…
「月子さん!こっちだ!」
「ウテナさん」
何処から現れたのか、いつのまにかその人は速度の落ちた月子に並んでいた。
さらに加速して先に立つと、月子を導くようにチラリと振り向いた。
「決闘広場ならこっちだ!」

中庭に飛び出し、ふたりは並んで走る。
生け垣を飛び越え、花壇を飛び越え、小川を飛び越える。
ふたりはもう脇目もふらず、光のように真直ぐ突き進む。
月子は思う。
…こんなふうにミツルと一緒に走れたらどんなに嬉しいだろう…
ウテナは流星のように髪を靡かせ、月子に方向を示すため少しだけ先行する。
校舎の間を完全に抜けると、とても学校の中とは思えない、深い森がふたりの前に広がっていた。
…変っていないな…
ウテナは左手の指輪があること確認して、森に向かう。
閉ざされた黒鉄の門が森の入り口を塞いでいた。
ウテナが左手をかざすとその固く閉じた扉はまるで主人を待っていたかのように、音も無く開いていった。
月子はもう付いて行く他無かった。

その2 その4
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