決闘広場に闘気の焔が立ち昇っている。
生徒会役員テラスには、桐生冬牙、西園寺莢一、有栖川樹理、桐生七実とデュエリストが揃っていた。
ならば、あそこでデュエルに臨もうとしている者は薫幹ということになる。
だが、相手は誰だ?
樹理が手すりまで進み出て、一同を振り返るとこう言った。
「フェンシング部からさっき報告があった。剣ミツルが幹に決闘を申し込んだらしい」
西園寺がいきり立つ。
「そんな大事なことを、どうしてこっちに知らせねえんだ?」
樹理は鼻先で笑った。
「これで、あの娘の正体が少しは判るだろう。ほら、オペラグラスは用意してある」
冬芽も進み出て樹理からオペラグラスを受け取ると手すりに身を預ける。
「ほぅー。樹理にしては、なかなかしゃれた趣向じゃないか…」
早速、決闘広場にピントを合わせながら、驚きの声を上げた。
「おおっと、立ち会い人はウテナ君のようだ!!!!」
この声に西園寺と七実は我先に樹理の手からオペラグラスを掴むと
身を乗り出すようにして、決闘広場へピントを合わせた。
樹理はちょっと肩を竦めて見せてから、自分もおもむろに観戦に加わる。
「こんなことはすぐにやめてくれ!」
「幹くん」「ミツル」
そう叫ぶウテナのもとへミツルと幹が両側から歩み寄って来た。
まるで、申し合わせたようにふたりは右手を差し出して、
それぞれがウテナの髪にそっと触れ、耳元に顔を寄せ囁く。
「すぐに済むから、待っていて!姉様」
「すぐに済むから、待っていて!ウテナさん」
ウテナは目を見張り、息を飲み、そして理解する。
…何故だか知らないけれど、この決闘の原因はボクだ…
そう確信すると、ウテナは躊躇いも無く行動した。
閃光ような速さで両の腕を広げ、ふたりの肩を掴み、その顔を自分の両胸に抱き寄せた。
「!!!」「ッッッッッッ」
ミツルも幹も全く抵抗出来ない。
ウテナの胸に抱き寄せられるという至福と、いけすかない敵と額が着くほどに近いという、
不条理に混乱する。
ふたりがショックから回復するのにまるまる2秒はかかった。
「はなして、姉様」
「はなして、ウテナさん」
振りほどこうとするふたりをますます強く胸に押し付けてウテナは宣言した。
「二度とこんなことをしないと誓って」
「そうしないと明日まで、このままこうしてるからね」
悦楽、脱力、そして無条件降伏、ふたりに残された道は他になかった。
決闘広場の殺気は雲散霧消して、気まずい沈黙と徒労感だけが辺りを支配した…。
そして、森の中で息を潜め、この一瞬を待っていたモノたちが動きだす。
「なんだあれは?!」
桐生冬芽はオペラグラスを持ったまま叫んだ。
何かが疾風のように螺旋階段を駆け上っている。
西園寺がその影に必死にピントを合わせた。
「黒い犬?」
『ヴィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
月子の持っていたアラームがけたたましく鳴り響くと、
ウテナはすぐさまふたりを放して身構えた。
月子の表情はいままでとはまるで違うものとなり、
手甲(ガントレット)の中に隠されたモニタが激しく警告色を明滅させている。
そこに表示されるデータを読み取りながら、低く静かに宣言する。
「ここに来るまでに散布したナノセンサーに感!」
「グレイハウンド(金属イヌ)6体接近中!フルロードです」
「製造者コードが削除され、ほぼ間違いなく暗殺用です」
ミツルの表情からも感情が抜け落ちた。
「何秒ある?」
「到達まで約20秒」
「月子さん、ふたりを守って」
「!!」
「フロントはわたしがやる」
「こんな時にふざけないで!そんなバカなこと!出来るわけないでしょ」
「これは命令」
月子がしおしおと沈黙すると、ウテナが我慢出来ずに割り込んだ。
「何が起ったんだ?」
先ほどまでとは立場が完全に逆になった。
いま、この場を支配しているのはミツルである。
「ここからは黙って見ていてください!姉様!月子さんの指示に従って」
月子はいっそすっきりしたとでもいうような顔で、ウテナと幹の前に立った。
その4
その6
Return to flowers