ミツルの太刀筋は間違いなく魔物の頭を捉えていた。
だが、その斬撃は効果がなかった。
魔物は黒い煙のように、分解して決闘広場の中央へと逃れたのだ。
残された月子は打突を放った姿勢で目を見開いたまま、気絶していた。
ミツルは月子が倒れないよう支え、ウテナと幹を庇うように立ち位置をとった。
黒煙は再び形を成すが、今度は、魔物の姿ではなかった。
チョークストライプグレーフランネルの細身のダブルのスーツを着こなした、
若い背の高い男になった。
白い歯とポケットチーフの白が眩しい。
「これは、会長。ごきげん麗しゅう」
「石岡社長秘書室長ォ」
「まあそう、お怒りにならず。よくお考えください」
「何をッッッッッ?」
当然、ミツルは気色ばんだ。
石岡と呼ばれた魔物だった男は平然としていた。
「会長が職務を放り出して、普通の学生ゴッコをされるのは勝手ですが」
「それならば、お庭番の中から誰か新しい『薔薇の花嫁』を置いて行ってくれませんと…」
「本社の業務が滞ってしまいます」
「それで、CEOよりご下命がありまして、社長秘書室長のわたくしめが参りました」
ミツルは、怒りで土気色になったまま、
押し殺したような声で重ねて質問した。
「なぜ月子さんを狙った?」
「托塔さんが最も直情型であなたのためなら見境無く内なる宝剣を抜くという予測データがありまして」
「抜刀の過負荷でいちばん『薔薇の花嫁』になりやすいと判断されたからですよ」
「実際いまかなり危ないでしょう?」
ミツルは石岡社長秘書室長を射るように睨みつけたまま、
後ろにいるウテナと幹に声をかけた。
「姉様、それと薫幹…くん。月子さんを頼みます」
ぐったりとした月子はいつの間にか、もとの制服姿にもどっていた。
そして宝剣「数珠丸恒次」も消えている。
「わかった」
幹がさっと進み出てウテナより一歩早く月子をミツルから受け取った。
「ありがとう、それとさっきはごめんなさい」
いきなり素直に礼を言われ、謝られたので幹は面食らって真っ赤になった。
この場で敵でない男は自分ひとりだったが、何分ただの人である。
このような魔物との戦いに役に立てそうにはない。
せめてこの娘さんを護ることくらいはと買って出たのだった。
ウテナがその幹を庇う位置に立ったのを確認すると、
ミツルは突撃した。
「石岡ァ、生きて帰れるつもりか?」
「ちゃんとあの娘を連れ帰るつもりですけど…」
「ふざけるな」
秘書室長はポケットに手を突っ込んだまま、地上5センチくらいを滑るように飛んでいた。
ミツルもあり得ない速度に加速して行く。
その7
その9
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