もしミツル会長が、その力を少しだけ解放すれば、それだけで自分には勝つ見込みなどひとつもない。
石岡は、そんなことは承知している。
だが、ここは退けない。
…どうしても、確かめたいことがあるのだ…
石岡は極めて真剣なのだが、ミツルにとってこれは遊びだ。
それも、承知の上で挑発した。
子どもの頃から知っているミツルの行動様式からすれば、
どれほど真剣でもこれは悪ふざけだ。
ただ、その悪ふざけのなかに真実がある。
それを見つけ出す。
光彦社長からの指示などハナからどうでも良かったのだ。
石岡は次々に繰り出されるミツルの攻撃から逃げ回る。
一方的に追い込まれているようにしか見えないが、実はそうではない。
攻撃を躱しながら描く軌跡によって、この広場に密かに呪縛術式の方陣を敷いてるのだ。
戦闘中にも拘らず、あくまで気障にトラウザースの裾の皺を気にし、
靴の汚れをチーフで拭い、乱れた前髪をかきあげる仕草でさらにミツルを挑発し続ける。
その度ごとにミツルは、怒鳴りちらし石岡を追い回す。
そして計算された螺旋の中へとゆっくり嵌まり込んでいく…。
呪縛方陣は七割ほどが描き上がろうとしてた。
「石岡ァ、ちょこまかと逃げるなッこら」
ミツルは黒い剣を振り回し、石岡の想い描いた通りのラインをトレースしている。
たとえ、彼我の力の差が万倍もあろうとも、相手に慢心があればチャンスはあるはずだ。
ミツルにとってただの悪ふざけであるうちに、決定的な優位を握る。
もう数十年も昔のことになる…。
忘れもしないその日、剣商会東京支店の奉公人だった13歳の石岡亀吉は、悪魔に売られた。
戦乱の大火がリバイアサンの舌のように都市と人々を飲み尽くしていく。
夥しい命が奪われていくその中で、剣家の当主、剣光綱は灼き尽くされる都市そのものを巨大な魔法陣として用いた。
人々の死と苦しみに引きつけられて、地獄の兵卒たちが地上界に近づいてくるのを網を張って待っていたのだ。
その時刻と場所は薔薇の花嫁によって予言されていた。
炎と死によって現世と幽界(かくりょ)との境界が限りなく薄くなり、
地獄の兵卒たちは、現世と薄皮一枚隔てたほどの近さにまで接近して、死に行く人々の魂を食らおうと集まってきた。
その貪婪な夜会が頂点に達したとき、光綱の仕掛けた罠が発動した。
焼夷弾の雨の恐怖に耐え、当主の命令通り都市内の指定の位置で、
聖水の入った小瓶を携えて待っていた石岡亀吉たち若い奉公人は、呪縛方陣の要石として作用した。
紅蓮の炎と黒煙で塗りつぶされた空は暗黒の窓と化し、こちらを覗き込む地獄の兵卒たちの影がハッキリと見えた。
その中のひとりがついに黒い手を伸ばして亀吉の頭を掴む。
炎の恐怖で麻痺していた亀吉でさえ、その感触のおぞましさには叫び声をあげずにはいられなかった。
そして、
その叫び声に乗って呪縛の罠が悪魔の腕に流れ込んでいった。
その日以来石岡亀吉は、契約によって地獄との絆を奪われた悪魔の器となった。
悪魔でも人間でもない何か、受肉者と呼ばれる根無し草になったのだ…。
ミツルはさらに深追いして来る。
そのおかげさまで、あと一筆で方陣は完成だ。
…ここだ!ここを狙って来い…
石岡は仕上げに、意図的にバランスを崩して隙を作る。
「亀吉ッーーー」
ドンピシャの狙い通りミツルがそこに切り込んで来た。
これでついに、最後の一筆を石岡に代わってミツルが描き上げてくれた。
…捕った…
呪縛術式が発動する。
…これで我ら全ての受肉者の永きにわたる問いを…
…あなたに問うことが出来る…
石岡の問いとは、
…あなたはリリスとして、いまこの時も地獄との絆を繋ぎ続けておられるのか?…
…あなたは永久凍結地獄の底においでになる座右の方のお心と、いまこの時も通じておられるのか?…
…もしそうならば、どうしてこの人間世界をすぐに滅ぼしてしまわれないのか?…
…我ら悪魔の王国は、なぜいつまでも到来しないのか?…
地獄との絆を奪われ、契約によってがんじがらめに縛られて、
人間という器の中に閉じ込められている受肉者たちとって只一つの希望は、
はたして真実なのか?
石岡はいま、その疑問の答を自らの手の内に捉えようとしていた。
「疾く閉じよ!呪縛の門」
その9
その11
Return to flowers
PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル