月子のヴァイタルサインが異常値を示したため、各お庭番のアラームが鳴り響いた。
凄まじい高揚とその後に続いた特異な曲線。
そのグラフが示すモノを理解しているのは、柴又陽子と南方水晶のみだった。
ルミナやキララには未知の領域のことである。
しかし、それだけでは済まない。
事態はさらに悪化してることが予想された。
爆発的な力を示しながら、数値はあっというまに急降下し最低限のレベルに落ちていったのだ。
…月子が宝剣を抜いた…
…それにも拘らず、やられた?…
「あんたたちはここで連絡が入るまで動かないで」
「エー」「えー」
「たまには言うこと聞きなさい!」
「ヂェ」「ぢぇ」
柄にも無く水晶がルミナとキララを怒鳴りつけた。
陽子はいつものように落ち着いている。
「水晶、行こう」
ふたりは信号の方向を見定めると根室記念館を飛び出した。

たとえ内なる宝剣を抜き放たなくても、月子は手練だ。
ずっと一緒にやってきた陽子には、その強さがよく判っている。
しかし、月子には致命的なまでに直情径行でバカ正直なところがあり、
決して実戦には向いていないのだ。
そのことも、陽子には痛いほど判っていた。
…あの人は誰かが側に居ないと…

仲間の危機を知らせる警報に導かれふたりの剣士が走る。
…もし、ミツルさんが側に居てそうなったとしたら、いままでにない危機的状況だわ…
陽子はかなり前から確信していた。
自分たちがミツルを守っているのではない。
ミツルが自分たちを守っているのだ。
剣財閥と言う伏魔殿で、小娘の集まりに過ぎない自分たちが、
これほど自由に振る舞って来られたのは、おそらくミツルの意志だ。
決して、お庭番のわたしたちを会社の道具として扱うことを赦さない。
普段はあれほどに突き放して、わたしたちと必要以上に交わることをしないのに、
その影でいつもそっと包むように見ている。
ミツルはほんの小さなころからそうだった。
ひとりで大人のようだった。
そして、時々はそれ以上だった。
人以上の何か…。

全力で突っ走っていながら、陽子の心は、
自分たちの主人の圧倒的に不可解な人物像に対する夢想に囚われてしまった。
だから、前方に展開していた相手に対して反応が遅れたのだ。
明らかに陽子のミスだ。そのために後ろにいた水晶も巻き込んでしまった。
ふたりして相手の囲みの真ん中に飛び込む格好になっていた。

相手は四人。手練の者たちであることはすぐに判った。
「待ちたまえ!君たちは誰だ?」
一団の長とおぼしき赤毛の髪の長い男が呼ばわった。
陽子はその男を睨みつけた。
そいつはとたんに、にやけたツラになって、髪をかきあげると言った。
「ここから先は、鳳学園生徒会役員以外は立ち入り禁止だ」
「あなた方こそ、人に名を聞くときは自分も名乗るように教わらなかったのですか?」
陽子はじりじりとした焦りを表に出さず、ただ相手の非礼のみを指摘した。

こちらの意図を読まれることは赦されない。
ここで宝剣を抜刀し、この四人を即座に倒すか?
それとも、この先にいる主人と仲間のところへ通してもらえるように説き伏せるか?
即決!
戦う!
…水晶…
後ろにいる水晶に背中越しにサインを出す。
背後の水晶の闘気が急上昇するのがうなじの肌に直に感じられる。
…まだまだ子どもだ。そんなに熱くなるな…
陽子は逆に心の温度が急降下するのを自覚した。
その10 その12
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