陽子は、低く静かに言い放つ。
「一丈青。汝を欲す」
はるか古より一族に受け継がれた魂の宝剣。
巨大な刃と恐ろしく長い柄を備えた青龍刀が柴又陽子のうなじから天を指してスルスルと伸びていく。
刀身から始まり柄の尖端まで一匹の竜が絡み付いた象眼が施され、
その剣の名が自身を飾る装飾から採られたものであることが知れる。
「ご要望通り名乗ろう。剣家お庭番弐の矢、柴又陽子だ」
「道をッッッ!あ・け・ろッ!」
青龍刀の柄の端を掴み最大限のリーチで思いきり振り回す。
赤毛の男、巻き毛の男、縦ロールの女、リボンの女は皆、一斉に飛び退いた。
陽子は長大な得物をさらに二回転三回転と加速させる。
その制空圏は圧倒的に広大。
囲みはほとんど効力を失った。
「水晶!今だ!行け!」
陽子の背後から水晶が地を這う稲妻のように走り出す。
巨大な扇風機よろしく一丈青を高速回転させ、相手を牽制し、水晶のために血路を維持する。
ひとり縦ロール女が水晶を追って行く。
…水晶!そいつは自分でなんとかしてくれ!…
陽子の宝剣は、本人の性格とはかけ離れていた。
なにしろ力任せに振り回す以外の使い方を受け付けない。
その秘めた力を引き出すにも、まずは限界までブン回して目を覚ましてやらないと、反応さえしない。
すべからく理詰めで行きたい陽子なのに、一丈青が要求するのは只ひたすらにバカ力…。
心は水鏡のように透明でありながら、その戦法は荒れ狂う濁流のようだった。
一族の祖先たちが一丈青に込めた心象は、陽子の気質とはまったく相容れなくとも、
これしか、自分の存在価値を示す方法はない…。
どこか醒めた狂戦士(バーサーカー)。
それが柴又陽子だ。
最初に言葉を発した赤毛の男が腰に差していた大刀をおもむろに引き抜いた。
「どうやら、何も話を聞く気がないらしいね」
「しかたない、鳳学園生徒会長桐生冬芽!参る!」
ひとりで相手をするつもりらしい。
…なめられたもんだわ…
大きく軌道を変え一丈青が唸る。
ガキッと鈍い音を立て切っ先が交わる。
捌かれた。
立て続けに二撃三撃を撃ちおろす。
「ガアアアアアアアアアアアアッッッッッッ」
頭の隅に醒めた自分を置いたまま、陽子は理性を手放していく。
静かに狂っていくのだ。
より無茶苦茶に一丈青を振り回す。
そして、そうなって初めて聞こえるのだ…。
宝剣の声が。
…撃てッ撃てッ撃てッ…
…我を欲せよ…
鳳学園生徒会長桐生冬芽はデュエリストの本能で悟った。
…これは、姿形は全く違うが、紛うことない王子の剣…
…王子の剣とはこの世界に只ひとつのモノではなかったのか…
…オレたちのいる場所は世界の果てではなくて、隅っこでしかなかった訳だ…
冬芽は苦い思いで目の前の事実を受け入れた。
彼に、それだけの柔軟さがあったからだが、
それ以上に、柴又陽子と名乗った娘の熾烈を極める攻撃、
その途方も無い一撃一撃の重さが冬芽に嫌でも事実を押し付けたのだ。
そして、もう一つの事実も冬芽には見えて来ていた。
「ガアアアアアアアアアアアアッッッッッッ」
獣のような唸り声を上げ息も継がずに撃ち込み続けてくるこの娘は、
あの青龍刀に魂を食われているのでは?
恐るべき切っ先を何とか躱しながら、冬芽は自分の直感に確信を深めていく。
しかし、それに気付いたからといって勝負の趨勢に影響はない。
陽子の人間離れした連続攻撃は果てしなく続く。
もうこのままでは捌ききれない。
…こいつは退く他ないか…
「西園寺、樹理を呼び戻せ!!彼女ひとりでは手に負えん!!」
いきなりの指示にひっくり返りそうになるのを何とか堪えた西園寺莢一は、
冬芽のあまりの剣幕に取りあえず従うことにした。
「お、おう」
よく判らない返事をすると決闘広場の入り口方面へと走り出す。
その11
その13
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