樹理と水晶の刃は互いの胸に突き立てられる寸前で止まった。
ふたりとも完全に硬直していた。
もう勝負どころではない。
本格的に発動したディオスの力の衝撃はそれほど大きかった。
まるで津波がからだのなかを駆け抜けたようだ。
「行かなければ」
「扉は開けよう」
樹理はもうデュエリスト以外立ち入り禁止の掟にはこだわっていなかった。
その資格のある者は自ずと判るものなのだと本能が告げていた。
七実の目の前で一丈青は止まった。
七実はもう戦う力が残っていなかったけれど、
その目は一丈青の切っ先を睨みつけていた。
「行かなければ」
一丈青の切っ先を決闘広場の空へ向けると陽子は言った。
「あなた方に、いまからでもお願いすることが可能なら」
「あそこへ案内して欲しいのだけれど」
自分のために傷ついた妹に学ランの上着を着せかけて、
冬芽は陽子に冷たい目を向けた。
しかし、それでも生徒会長…。
「こちらも余り友好的でなかったのは確かだ。だが、最初から素直にそう言って欲しかったね」
七実を支えつつ、先に立って決闘広場へ向かうのだった。
突然、視界が真っ白になった。
幹は腕のなかに月子を抱えたまま、身構える。
なにが起ったのか説明は出来ないが、おそらくあの魔物がなにか仕掛けたに違いない。
隣にいるウテナの横顔からも強い緊張が見て取れた。
しかし、ウテナは自分から動く人であった。
「ミッキー、月子さんを頼む。ボクはミツルを助けに行くから」
「ウテナさん!それは無茶だ。この白い世界の正体をもっと探らないと」
「もしミツルになにかあったらボクのせいだ!」
「敵の正体も、目的も判りませんよ」
「いまミツルが危機にあるのだけは間違いないから。助けに行かなけりゃならないんだ!」
「でもッ」
「あの娘がボクの妹だから!せっかく会えた、たったひとりの家族なんだ!」
幹は沈黙する他無い。
「行ってくるね!ミッキー!ちょっと待ってて」
ウテナはまるでなんでも無いことのように前に踏み出した。
たちまちその背中は白い闇に飲み込まれ見えなくなってしまった。
振り返っても幹と月子は、もう見えない。
さすがのウテナもちょっと無謀だったか、と思ったが、
幹にも言った通り、ミツルを助ける決意は固かった。
すると、手のなかのディオスの剣が微かに暖かくなった。
なにかをウテナに示しているように…。
…こんなときにアンシーがいてくれたら…
ディオスの剣の力を引き出す薔薇の花嫁のことを考え、
そして、すぐその考えを否定する。
…アンシーはもう薔薇の花嫁なんかじゃない。いまはきっと自分の意志で歩いているはずだ…
自分で確かめた訳ではない。
本当にアンシーを助け出すことが出来たのだろうか?
白い闇の不安が足先から浸食してくるようだった。
右手の掌がさらに暖かくなった。
ディオスの剣が光っている。
その光は行く手を指し示す。
光の当たっているところだけ影が生まれるのだ。
そこにある石畳の輪郭が浮き上がる。
…ここはやはり決闘広場のままだ…
…それなら…
ウテナはアンシーがディオスの剣に力を与える時の言葉を思い出そうとした。
…完全には思い出せないけれど、とにかくやってみよう…
ディオスの剣を高く掲げ、アンシーのことを思いながら、一言一言なぞるように。
「気高き城の薔薇よ!内なるディオスの力よ!主に応え今こそ示せ!」
白い世界が激しく揺れ始めた。
激震だ。
逆にウテナには力が漲って来る。
トドメを刺すように最後は声を限りの絶叫になった。
「世界を革命する力を!!!!」
それは世界をとよもす嵐となって爆発する。
雷鳴と電光が世界を変えていく。
その16
その18
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