白い壁は今や完全に消滅した。
ウテナの起こした雷雲も一緒に去っていった。
上空には青空と逆さに吊り下げられた城が戻って来くる。
どこか遠くで、鐘の鳴る音がして、白い羽が舞い散っている。
ウテナが全力で走って来るのが見えた…。
ミツルは膝をついたまま、両腕を広げる。
ウテナは滑り込むようにミツルの元へ。
ふたりの腕は絡み付くように互いを捉える。
…こんなふうに姉様に抱き締めてもらえるなんて夢のよう…
…こんなに涙を溜めて!やっぱり女の子なんだッ!!もう怖い思いはさせないからッ!!…

月子は幹に支えられたまま、抱き合うふたりの姿を見た。
ウテナがミツルを救い出したことはすぐに判った。
…よかった。ミツルが無事で…
しかし、心の奥底ではミツルの無事を感謝するだけではすまない想いが渦巻いていた。
何も出来なかった自分が悔しくて知らず知らずのうちに涙が流れていた。
ふと、隣をみると自分を支えてくれている幹の目にもうっすらと光るモノがあった。
幹はすぐに月子の視線に気付いてちょっと顔を顰めたけれど、
下唇を噛んでいた口元を緩め、次にそっと月子の涙を拭ってくれた。
月子は自分と反対側から、鏡で映したように悔しい想いを噛みしめている人がいることを知り、
ほんの少し慰められたような気がして、涙を拭ってくれた幹に微かに微笑み返すとことが出来た。

決闘広場に雪崩れ込んだ桐生冬芽以下の生徒会役員と剣家お庭番弐の矢、参の矢は、
全ての事態が終息しているらしいことを知った。
此処へ来るために激しい戦いを潜ってきたそれぞれの胸中は複雑なモノだったが、
それでも、薫幹と托塔月子が無事に寄り添っているのを見て、
ここに来たことが無駄でなかったと思えた。
しかし、冬芽だけはディオスの力を手に入れること、
世界の果てのデュエリストでいることに対して、
沸き起こった逃れようの無い疑念に心乱れるばかりだった…。

鳳学園理事長室に黒雲が巻き起こった。
剣財閥本社社長秘書の野辺菊乃は上司で幼なじみの石岡亀吉の帰還を待った。
黒雲は人の形に、やがて菊乃の待ち人亀吉にと転じていく。
酷く疲れ果て、僅かの間にげっそりとヤツレ果てたその姿に、
菊乃は狼狽して駆け寄る。
その腕に倒れ込むようにしながらも石岡は言った。
「大丈夫だ!それよりも鳳暁生の縄を解け」
「エ!!」
鳳暁生は、初めて自分で引き受けた薔薇の花嫁の痛みのために気絶している。
「今後は彼にもっと協力してもらう必要があるんだ」

「アンシー!だめだ」
ジャンヌは東館を飛び出そうとする姫宮アンシーの肩を掴み押し止めた。
「ウテナがディオスの力を使いました。きっとウテナに危険が迫っています」
アンシーは叫び、涙を流した。
自分の胸に突進して来るアンシーの必死さにジャンヌは気付かれぬよう微かに苦笑する。
…こんなに必死になる娘だったんだ…
「天上ウテナには剣ミツルがついている。地上にあれに勝てる魔物は存在しない」
「そんな!!!」
「ウテナを守るのはわたしです!!」
「薔薇の花嫁が動かないって言ってるんだから王子は戦えないよ」
「なぜ!!!!」
アンシーはジャンヌの胸を叩いた。
「我々の力はまだ敵に見せる訳にはいかない」
「ウテナァァ!!!」
アンシーはそのままずるずると床に泣き崩れていこうとするが、
ジャンヌはそれを赦さなかった。
アンシーの細いからだを支えて顔を上に向かせる。
「このくらいで泣くな!薔薇の花嫁の痛みに耐えて来た者はこのくらいで泣いてはだめだ」
「でも…」
その瞳を覗き込んでジャンヌは言い聞かせるように言った。
「いまは耐えて!必ず剣を倒し君のウテナを取り戻す」
「どちらにしてもこのままでは戦力が足りない。王国到来号を召還する」
「それはッ!!!!!」
アンシーの顔に驚愕の色が浮かぶが、ジャンヌは不敵な笑みでそれに応えた。
「見てなさい。あなたのためなら戦争でもなんでもするから」

それぞれの想いを秘めて鳳学園の2学期は始まったばかりだ。
その17
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