今朝もマリア像の前。
今日は私が祐巳を見つけた。
目を閉じ、手を合わせ、頭を垂れ。
心を閉じて祈る祐巳。
その祈りを邪魔しないように、そっと近寄ってつもりなのに。
スカートの裾が翻らないように体を変えながら。
すっと目が開かれ、私を射抜く瞳。
そうしてそのまま私を待つ。

ごきげんよう、祐巳
ごきげんよう、お姉さま

私から声をかける。
いつも、いつも。
祐巳は待っている。
いつも、いつも。

私への思慕。
祐巳はもう隠そうとしない。
語ることはない。
しかし溢れんばかりのその情念で。
私には祐巳の身体がゆらいで見える。
祐巳が白く、儚くみえる。

私のお祈りの間、祐巳はずっと私の横顔を見つめている。


おまたせ、祐巳

一瞬目をふせ、また私の瞳を見つめ、右手を差し出す。
私はその手を左手で受けとめる。
生徒達のため息が重なって聞こえる。

これは、儀式。毎朝繰り返される儀式。
最初の朝、手を繋いだ瞬間の歓声はまさに巻き起こった、とでもいうべきだった。
繰り返されるうちにそんなはしたない声はあがらなくなったものの、ギャラリーは増えていった。
紅薔薇とそのつぼみが手を取り合って学び舎へと歩く。
なんてお美しい!ということらしい。

ときに祐巳が私に寄り添おうとし、押し留まり、元の距離に戻る。
その度にまた後ろからため息。

とりとめない話ののち、昇降口で別れる。

では、薔薇の館で。

その瞬間まで、手を繋いだまま。
祐巳はまた私を見つめ、微かな笑みを浮かべて。

はい、お姉さま。

また湧きあがる、ため息。


授業はきちんと受けている。
真摯に聴く態度は先生方にも好感を与えている。
ケアレスミスが減り、成績も上がったらしい。
祥子さんの指導がよろしいのね、さすが紅薔薇さまと紅薔薇のつぼみだわ。
先生方は、そんな風に声をかけてくださる。
そう、私が祐巳を導いたのだと。

以前の、目立たないけれどさりげない明るさ、といったものはなくなった。
その変わり、(同級生いわく)控えめなのに人目を引く、会うと白いような清楚さが印象に残る、等。
可愛らしい容姿にそんな耽美さをまとって。
皆が噂しあう。
祥子さまのご指導がよろしいのね、さすが紅薔薇さまと紅薔薇のつぼみですこと。
そう、私が祐巳を導いたのだと。

午前の授業が終わり、薔薇の館へ行くために教室を出る。
階段を降りてゆくうちに一階で待つ祐巳がいる。
人通りの邪魔にならないよう。
でもまた、降りて来る私を射抜く瞳。
その瞳から目をそらさない様にしながら傍に立つ。

館へ行きましょうか、祐巳
はい、お姉さま

私から声をかける。


また手を繋いで、薔薇の館へ。
一緒にお弁当を食べる。
みんなの雑談を聴きながら、私と祐巳はゆっくりと食べる。
時々、問われれば答え、笑いが起これば一緒に笑う。
でも、私と祐巳からは話すことはもうない。

午後の授業も清掃も終わり、薔薇の館へ。
昼と同じように待ち合わせてから向かう。

薔薇の館には誰もいない。
二人きり。

二階に上がり、窓からも、扉からも死角になる部屋の角に。
ここなら階段を上る音も聞き取れる。

突然祐巳は抱きついてくる。
私もそんな祐巳を抱きとめる。
必死に平静を装いながら。

私の手が背に回るだけで、声を漏らす。
しがみつく祐巳の手に力が入る。
私の胸元に顔を埋め、恍惚とし深い息をつく。
手を腰に滑らせるとピクンと身体をこわばらせる。
額に頬擦りをし始めると息を荒げ始め。
強く抱きしめ耳元で祐巳、とささやくと。
静寂を嬌声が切り裂き、また静寂に戻る。
私を信じられないような力で抱きしめていた腕が緩み。
頬を紅く染めながらまた私を見る。
その瞳の色には何かが欠けている。


私は祐巳の私への思いを知った。
私も祐巳が好き。
その心は一緒。
そう祐巳に告げ、祐巳を愛することに何の躊躇もいらなかった。
でも、そのことを伝えた時。
祐巳は変わってしまった。
私は祐巳を変えてしまった。

本当の祐巳はもう祐巳の中にいない。
そこにあるのは祐巳の思う、私の理想の祐巳。
楚々とした振る舞いも、熱心に勉強することも、祐巳の一日は全て理想の祐巳。
そう演じることが祐巳の喜び、祐巳の快楽。
そう、通学中も学園でも授業中でも祐巳は自慰を続けている。
私に見られ、皆に見られることで興奮は高まる。
だから手を繋ぐことは愛撫。
そして愛撫はセックス。
発情したままの身体はすぐに絶頂を迎える。
理想の祐巳に近づく度、その快楽は深く強くなる。

祐巳、でもそれは本当の私の愛する祐巳ではない。

でもそう変えてしまったのは私。

祐巳は私を待っている。
祐巳の狂おしいまでの思いに、私が答えることを待っている。
でも私に今の祐巳に応えられるのかわからない。
もし応えられなかったらどうなるかわからない。
そんな迷いが、いたずらに刻を食い潰してゆく。
祐巳の心がいっそう深淵に沈んでゆく。
そうして助けを求めているのか。
私が堕ちてくるのをまっているのか。
まだわからない。
祐巳が怖い。
時間が、ない。

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