いつからか、わたしたちはキスをするようになった。
 わたしたちのお姉さまはお二人とも優秀だけどもろいところもある、そんな方々だから。
 妹としていたらぬために支えになれないことも多くて、悲しくなって。
 でもご負担にはなりたくないから、誰もいないところで落ち込んで涙を流してたりしてたら。
 お互いそんなときはすぐわかっちゃうから、そっと寄り添って。
 気持ちのキャッチボールをするんだ。
 話したりうなずいたりしているうちに、そんな気持ちは。
 乾いていって、ぼろぼろになって、どんどん小さくなっていって。
 気持ちが小さくなってもちゃんと受け止めるために、わたしたちはもっと寄り添っていって。
 近づいていって
 どんどん近くなって。
 そしてもう目と鼻の先にいて。
 目をとじて、顔を少しかしげて、唇をかさねて。

 また失敗してしまった。
 お姉さまから言い付かっていた、申請書の回収が集めきれなかった。
 サークル別の申請書を明日までに取りまとめて学園に申請しなければならない。
 今日中に回収できなかった分は明日のお昼も使わなければまとめきれないだろう。
 締め切りが守れなければ他のサークルにも迷惑がかかってしまう、大事な仕事だということ。
 知らないはずはないわよね、とおっしゃって。
 今日はこれ以上仕事が出来ないから失礼するわ、と帰ってしまわれた。
 わたしに沢山の雑事を申しつけて。

 もちろんお姉さまはご承知だ。
 申請書を忘れたり、書き途中だったり、漏れがあったり。
 提出できなかったサークルの責任者が悪いんだってこと。
 でも生徒たちがお互いに秩序を守ってきたからこそ今のリリアンがある。
 わたしは山百合会の威厳でも何でも使って回収すべきだった。
 お姉さまはわたしを誰もが認める薔薇様となれるようご指導して下さっている。
 お姉さまの気持ちがわかっているから、こんな自分がふがいなくてなさけなくて。
 みんなが帰って静かになった館で、そんなことを思って頭の中がぐるぐるしてきたとき。
 ゆっくり扉が開く音がして。
 帰ったはず、、なのに。

「教室で時間をつぶしていたの」
「、、ありがとう」

 ゴム底の内履きのキュキュって音が近づくたびに。
 頭の中の熱が粒のように散ってどこかに行ってしまう。

「大丈夫?」
「もう終わったよ、あとは片付けだけだよ」
「仕事じゃなくて気持ちのことよ」

 すぐ目の前のまっすぐな瞳に自分が映っているのが、なぜか恥ずかしくて目を閉じる。
 でもついちょっと首を傾げて、ほおに触れてくるのを待つ。
 外から来たばかりだから唇が冷たいのは当たり前、でも私のほおですぐ暖かくやわらかくなる。
 だからあやまらなくていいよ。欲しかったのはわたしなんだから。

「ごめんね」
「いいんだ。ほっぺも暖めさせて」

 お互いにほおずりしてると面白い。
 ほおの感触って本当に不思議。
 同じところでもさらさらしてたりふわふわしてたり。
 急にぴとってくっついちゃったり。
 不意にくすぐったくなって逃げちゃいたくなったり。
 そんなことを不思議に思っているのはわたしたちだけなのかな。
 目を閉じて待ってる、誘ってる。
 気持ちがぽーんってゆっくり放物線をえがいてこっちへ飛んでくる。
 わたしは胸をはって、両手をひらいて、全身で受け止める。
 わたしの腰にまわされた手があたたかい。
 唇も、すごくあたたかい。
 からだの芯も、あたたかい。

 ぱささっぱさっ
 集められた申請書は沢山じゃなかったけれど。
 おちた時に空気を切って滑空していって、けっこうちらばってしまった。

 落としてしまわれたお姉さまは、悲しそうだった。
 わたしの代りにお姉さまが集めてくださった申請書。
 こんな時間になったのは、きっと一枚一枚せかしたりなだめすかしたりして集めたのだろう。
 その骨折りはきっと山百合会のためでなく。
 笑顔のわたしと一緒に帰るために。

 とうに私から離れた唇は扉に向かい。
「わたしが誘いました」
って一言残し。
 足早に外へ。

 床をみていた。
 お姉さまの顔が見られないから。
 キュキュて内履きの音が近づく。
 でもさっきとちがう。ぜんぜんちがう。
 私は立ちつくす。
 どんどん近づく。
 逃げるなんてしちゃいけない。
 でもぶつかってくるような早さに、つい一歩下がってしまった。
 とたんにどんってつきとばされて。
 床に当たったせなかがいたい。
 お姉さまの重みにおなかがいたい。
 すぐ目の前のお姉さまの視線がいたい。
 初めての、お姉さまの唇。
 でもその唇はつめたい。
 ひざから這い上がる指もつめたい。
 わたしの手首を掴む左手もつめたい。
 ショーツにかかる指が腰にふれて、とてもつめたい。

 申し訳なかったからか、こわかったからかはわからない。
 わたしは抵抗しなかった。
 身をゆだねたのではなくて、抵抗しなかっただけ。
 お姉さまの唇がわたしに垂らす蜜も。
 今まで知らなかった舌の感触も。
 初めて受け入れる指も。
 胎内を蠢くおぞましい感覚も。
 全部なんだかわからずにいて。
 でも声を抑えることができなくて。
 涙を抑えることができなくて。

 お姉さまがハンケチで指を拭きながら、ぎこちなく私に言葉を掛ける。
「帰りましょうか」
 その言葉に従って、ぎこちなく身支度をつくろい。
 ぎこちなくスクールコートを羽織り。
 ぎこちなく、ぎこちなく。

 正門への並木道を二人で、伏し目がちにして歩く。
 姉妹、友情、仲間、恋、裏切り。
 また、ぐるぐるしてくる。

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