剣道部に入部はしたものの、当たり前だがわたしはすっかり孤立してしまっている。
ちさとさんとはお互いみっともないところを晒し合った間柄。
だからそれなりの関係はあるけれど、彼女が時々ため息をつくのは仕方ない。
それはそのため息はわたしにではなく、この状況に対してのようだから。
だからわたしは不安とか負い目は感じずに済んでいる。
剣道部以外の全てをわたしに向けている令ちゃん。
その令ちゃんが、わたし以外の生徒と親しくする唯一の場といえる剣道部。
はしたないとわかっているから誰も口にしない。
でも「支倉令」を剣道部への入部理由である部員は多いはずだ。
そこにまでわたしが乗り込んできたのだから。
硬く言えば既得権益の侵害、ぶっちゃけ言えば嫉妬。
しかしきついことで有名な剣道部に入部までしたのだ。
そんな令ちゃんのファンにそう思われるのは理不尽ではあるが、仕方がない。

と、わたしは考えていた。
わたしが入部後、はじめて令ちゃんが部活に来た日までは。

部室兼更衣室でみんなは道着、わたしはジャージに着替えようとしていた。
剣道部はちゃんと実績を挙げ部員も多いので部室も広い。
その端っこのベンチに真新しいスポーツバッグを置いて気合いを入れる。
そしてジャージを取り出そうとすると、令ちゃんもやってきた。
声をかけようかと思ったが今朝あんなことがあったしなぁ。
それに他の部員に対して示しがつかないだろうから。
だから会釈だけすると、令ちゃんも目を閉じるだけの会釈を返してきた。
ちょっとだけ安心する。
令ちゃんはいまわたしがいるところからはちょっと離れた場所が定位置のよう。
まあ今は近くに寄らないほうが良いだろうけど。
タイをゆるめてごそごそと制服を脱ぐ。
ワンピースはこういうとき大変だから、頭が抜けると思わず「ふぅっ」て息が出た。
でもそれは静寂に満ちた部室に違和感を響かせ、わたしを驚かせた。
そう、静寂。
制服というトンネルを抜けると、そこは異次元だった。


さっきまでの雑然とした空気は消えなにか張りつめたものがある。
その中心にいたのは同じように制服を脱ぎ下着姿になった令ちゃんだった。
勿論わたしは令ちゃんの下着姿なんてよく知ってる。
お出かけの前とかコーディネイトを合わせるために一緒に着替えたりするし。
家族旅行で温泉にいけばすっぽんぽんのオールヌードだって見てる。
でも周りのみんなの反応。
ほぼ全員、何事もなく着替える振りをしながらチラチラ令ちゃんを見ている。
ちょ、ちょっと待って。みんな間違ってる。
令ちゃんファンが多いのはわかる、でもここは女子高だ。
いまさら同性の着替えを見てどうしようというのだ。
と思った次の瞬間。
令ちゃんはブラを取った。

長身のスレンダーな身体に不釣り合いな乳房。
張りがあってでも柔らかそうなそれはブラをたたみ制服の上に置く所為に合わせてふるふると揺れる。
誰か、でも一人ではないため息が上がる。
ショーツ一枚でバッグにしゃがみ込む姿。そのなだらかな背中の線や膝でひしゃぐ胸の形。
それはまるで少女が沐浴する印象派の絵画を思わせた。
ハッと気付くとみんな令ちゃんに釘付けになっている。
ちょっと待ってよ令ちゃん!それじゃ幼稚舎の子供と変わらないじゃない!
そりゃ練習後にシャワーも使うし下着も替えるのは当たり前でしょうけど、ちょっとは隠すでしょ!
わたしは飛んでいって隠してあげるべきだったかも知れない。
しかしほんの少しの距離ととまどいから、既にそのタイミングは逸していた。
隠そうともしないまま令ちゃんは(今どき!)サラシを取り出し部長さんに声をかけた。
部長さんはちらっと申し訳なさそうにわたしを見た。
それでも令ちゃんにサラシを巻く手伝いをはじめた。
乳房の形を整えようと持ち上げると薄いピンク色の乳首がちょっとつんとする。
その途端今度はゴクリッと息を飲む音が聞こえる。
部長さんが巻きはじめるとやはりきついのかか、令ちゃんの苦しそうな吐息が漏れる。
それに合わせ空気がざわつく。
それでも令ちゃんはというと、そんな雰囲気に全く気づいていなかった。
サラシが胸を変形させながら覆い隠したところで部室を見回すと。
頬を赤らめるもの、呼吸の荒いもの、肩を震わすもの。
果ては内股気味に両膝を付けて座り込むものまでいた。
その中心で令ちゃんは無垢な美しい存在として立っていた。


そういえば道着に着替える令ちゃんを見たのは久しぶりだった。
剣道部では応援するだけだし、令ちゃんちの道場では自室で着替えているし。

そうかぁ。そういうことかぁ。
納得した。
憧れの黄薔薇様の裸体が見られサラシを巻くなんてショーを毎日観せられたら。
きついことで知られる剣道部員が多い理由はここにあったのだ。
妹の知らないところで天真爛漫な姉を視姦?で輪姦?していたことのうしろめたさ。
そのことを妹に知られることでもう観られなくなるかも知れない無念さ。
そう、入部したわたしに対するみんなの感情、それは嫉妬とは違う感情だったのだ。
それにしても今までずっとみんなからそんな目で見られているのに!
全然気づかないなんてもう、令ちゃんのバカ!

そんなわたしの思いにはちっとも気付かず令ちゃんは道着と袴を身に付けている。
そして微笑みながら「みんな!遅いよ!」なんて激を飛ばしている。
まさに天然。わたしは少し目眩がした。

練習が終わるとやっぱりというかサラシ脱ぎショーとしゃわーショーがとり行われた。
より一層エスカレートした内容についてはもう語る言葉がない。
それにわたしも意地っぱりだから「そんなの当たり前」とふるまうしかなくなってしまった。
といってもそれからはわたしもついつい令ちゃんに目を奪われてしまい。
最近では困ったことに部員達との間でなま暖かい連帯感すら生まれつつある気がする。
しかし意地でも剣道部は辞められない。わたしには辞められない理由ができた。

いつかわたしがサラシを巻く手伝いをする、その日まで。



ちさとの脳内はピンク色(もしくは黄色)になっていた。
いや、きっと部員達全員、脳内はすっかりピンク色だろう。
二年以上続く令の着替えですっかり剣道部は萌えサークルと化していた。
その上今度はロサフェティダアンブゥトンの着替えが見られるようになったのだ。
去年の妹にしたいナンバー1の華奢な肩、薄い胸、ちっちゃなお尻。
今まで体育会系では見ることのできなかった由乃の愛らしい肢体。
令で萌え体質になっている部員達にとってこれもまたたまらないものだった。
しかも姉が気になるらしく自分が見られていることに全く気づいていない。
そんな似た者姉妹のお着替えということがまたいけない気持ちにさせてくれるのだ。
令の卒業後どうしようかと思っていたちさとや他の一二年生達。
しかし今では全員、絶対来年度も続けると決めている。
ありがとう黄薔薇姉妹!
剣道部よ永遠なれ!

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