いま、アンシーがいるのは巨大な黒い天幕のなかに仕切られた一画だった。
薄暗い明かりがわずかにあるのみで、重い暗色の布に囲まれた息苦しい場所。
アンティークの小さな丸テーブルを挟んで、ラ・ピュセルが座っている。
煉獄の氷の上で見た輝く姿とはまるで違うが、間違いなく彼女だ。
見窄らしいフードの付いた暗い色のマントを着て、手にはタローの札を一式持っている。
これが地上におけるラ・ピュセルの仕事なのかも知れない。

結局、アンシーはラ・ピュセルと共に地上に戻って来た。
生きたままで煉獄と地上との間に横たわる「はざま」の世界を通過する恐怖は、
たとえ敵かも知れない相手でも、道連れがいた方がましと思われたからだ。
そして、何よりもラ・ピュセルの魔力は強大だった。
アンシーがひとりで、あれほど苦労して渡った「はざま」の世界は、
ラ・ピュセルと共にあるとき、まるで観光旅行のようだった。
彼女はアンシーが最初に思った通り、実は「白馬」を連れていた。
見事なエスコートでアンシーを自分の後ろに乗せ、なにごとかを「白馬」に話しかける。
すると「白馬」がバシリスと名乗った。
「ではまいりますぞ。お嬢様方」
バシリスは天空へと舞い上がる。
氷の大地も、茨の森も、そこに縛られて苦しむ亡者も、すべて遥か眼下に見下ろして。

自分はあの茨の森のなかで永遠に苦しむ亡者のひとりだった。
ウテナが自分の身を投げ出して、解放してくれなければ…。
知らぬ間にアンシーの頬を涙が伝っていた。
少し前まで、涙など決して流れなかったのだが。

ふたりが戻った地上には、満天の星の下に、夜空より黒い巨大な天幕を張ったカーニバルが待っていた。
バシリスは厩に戻り、アンシーは天幕の一隅に案内されたのだ。

タローをシャッフルしながら、ラ・ピュセルは言った。
「わたしたちの出会いは決まっていたことなのよ」
アンシーにも、この出会いが偶然ではあり得ないことが、いまではハッキリと判っていた。
魔力の告げる確信に疑いはない。
でも、地上においては知っておく必要のあることが多いのも事実だった。
「あなたは、何者なのですか?」
「君はそう聞かれていつも『魔女』という以外になんて答えていたのかな?」
「学生です」
「では、次回からわたしもそう答えよう。いまはサーカスの占い師だけどね」
そう言って、彼女は何枚かの札を切った。
「剣の女王」
「悪魔」
「吊るされた男」
「聖杯の小姓」
それらを見渡すと、ラ・ピュセルはアンシーに微笑みかけた。
「わたしたちは、ともに天上ウテナを探す」
「あなたもですか?」
「そう、わたしが用があるのはそのウテナを連れ去った相手だけれどね」
「でも、どうやって」
「わたしには支えてくれる沢山の同志がいるわ」
ラ・ピュセルの言葉が発せられたとき、突然、彼女の背景の天幕の布が開き、多くの団員たちが現れた。
道化師、空中ブランコ乗り、猛獣遣い、ジャグラー、ナイフ投げ師、奇術師、エトセトラ、エトセトラ…
「ようこそ、姫宮アンシー!我がオルレアン旅団へ」

その1その3
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