ウテナとミツルの視線は激しく火花を散らした。
「大体、ボクたちは本当に姉妹なのか?」
「他の何に見えますか?」
「じゃあ、君は自分のかあさんをそんな風に言うの?」
ミツルは、前髪のカールを少し振るわせてから、ウテナの瞳を真直ぐに見据えた。
「最後まで聞いてはくださらないのですか」
「かあさんは、絶対、そんな、ことは、しない…」
ウテナは悔しさに俯くほかなかった。
妹と名乗る自分そっくりの娘に母を侮辱されても言い返す確かな言葉が無い。
あまりにもいろいろな事があり過ぎて…。
自分が信じたモノ、感じて来たコトが全て不確かなものになって行く。
「なぜ、母様がそうしなければならなかったのか、理由を聞いてはくださらないのですか?」
こんどはウテナが真剣な目でミツルを見つめ返すことになる。ミツルは続けて言う。
「姉様がそんなふうに思ったままでは、母様が可哀想です」
オルレアンのコンボイはツンドラの上を滑るように走っている。
トレーラーハウスの中は殆ど揺れを感じなかった。
アンシーの前に大型のプロジェクターが引き出され、そこに日本の古い新聞や雑誌の切り抜きが映し出されている。
8年前、天上豪と瑠璃の夫婦が事故で亡くなった時の記事である。
曰く
『謎の爆発!!!2名死亡、49名重軽傷』
『原因不明のビル倒壊で、51名死傷』
『爆発音も無く突然ビルの一部が消滅し倒壊を招いたという目撃証言』
ポインタで記事を指しながらラ・ピュセルは肩を竦めて見せた。
「謎だろ」
「この事件でウテナのご両親は…」
アンシーの声は暗かった。あの日ウテナは煉獄からの呼び声しか聞こえないほどに「死」に近づいていた。まだ6歳だったのに…。
悲しみと孤独だけで人は死ぬのだ。
アンシーの私情はそっとしておきながら、ラ・ピュセルはちゃんと説明を続ける。
「このビル倒壊事故の原因究明は結局、不十分のまま終ってしまう」
「そして、事件の2日後の新聞の訃報欄だ。剣財閥会長、剣光悦氏の病死が報じられている」
アンシーは今度は視線を上げ、キッパリと言った。
「あの日、本当は何があったのかを知る必要がありますね」
「ボン!その通り。そのためにも日本へ行く」
この何日かの旅でふたりはかなり親しくなれた。
ここの人々はほとんどが煉獄に繋がれた亡者であるので、皆、口をきかない。
ただ黙々と己の作業を続けるだけ。
ラ・ピュセルと幹部の何人かだけが意識を鮮明にしたまま、煉獄の痛みに耐えて運営と指揮にあたっている。
アンシーにとってはそれだけで驚異だった。
己の心を捨て、薔薇の花嫁として、人の命令に従うだけの自分ですら辛かったのに…。
この人たちは、自らの意志によって行動している。
おそらく、想像を絶するほどの「痛み」のはずだ。
だから、アンシーにとっては、その事実だけで既にラ・ピュセルを始めオルレアン旅団の人々は信じるに値する。
自分の痛みを引き受けるのを恐れ、妹にその重荷を押し付け、力だけを手に入れようとした兄より遥かに…
オルレアンが強大な魔力を行使出来るのは、その代償を払っているからだった。
それなのに時々、ラ・ピュセルが自分たちを称して「暗黒の旅団」と言うのが不思議だった…。
「アンシー、実は君にはとても期待しているんだ」
ラ・ピュセルはちょっと改まった様子で唐突に言った。
「煉獄に身を置いてない魔女は非常に貴重だから」
「???」
「君は痛みに縛られる事無く魔力を行使出来る。たとえ力は少なくともこれはとても重要な事だ」
「そうなんですか?」
「ああ、そのうち嫌でも判る時が来る。その時はどうかよく考え自らの意志で魔力を使って欲しい」
「はい!」
ふたりはフードの付いたゆったりとした部屋着で、物語によく出てくる修行中の魔法使いに見えない事もなかった。
プロジェクタが天井に吸い込まれると床に敷き詰められたキリムのうえに片膝を立ててリラックスして座る。
そうする事が、今日は難しい話はここまでという合図になっていた。
チュチュがラ・ピュセルのまえに進みでて、3回バク転を決めて得意げに鳴いた。
アンシー以外にチュチュが懐いたのはウテナだけだったけれど、いまではラ・ピュセルにも心を許しているようだった。
「チュチュ。覚えていたのねえ?」
ラ・ピュセルは何気なくチュチュに手を差し伸べてじゃらしながら言った。
「チュチュチュー」
チュチュはもっと激しく回って見せた。
「ラ・ピュセル!!」
アンシーは跳ねるように立ち上がったが、
ラ・ピュセルはもの憂気に額に拳を当てたまま、俯いて言った。
「黙っていて悪かったわ。チュチュを見るまでわたしも確信がなかったから…」
「そう、わたしは以前から君たち兄妹を知っている」
その6その8
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