けたたましい警報がラ・ピュセルの話を遮った。
ヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィィィィィィィィーーーー
「敵襲」
「師団長閣下、敵襲です」
伝令がラ・ピュセルの居室に飛び込んで来た。
「状況を説明して!」
「超常空間にまで届く攻撃です。魔力により形成された弾体が接近中!着弾まで体感で180秒」
伝令は背筋を伸ばして叫ぶ。
「判った」
「アンシー一緒に来て」
ラ・ピュセルはアンシーの手を引いてトレーラーハウスの廊下へ飛び出す。
「こんなに早いとは思わなかったけれど、あなたの力を借りる時が来たわ」
「わたしに何が出来るのでしょう?」
ふたりはルーフのシャッターをあけてトレーラーの屋根の上に出る。
アンシーの問いに応える代わりにラ・ピュセルはアンシーの耳元で囁いた。
「ふたりでいるときは、ジャンヌと呼んで…」
「はい」
アンシーの返事にジャンヌはこれ以上はないくらいの笑顔を見せてから、静かに言った。
「わたしの剣を使って欲しい」
ジャンヌの申し出にアンシーは驚愕した。
「でも!」
「昔、ディオスにディオス自身の剣を世の中のために使えと言っておきながら恥ずかしい話だけれど」
「いまのわたしは、自分の剣を自分で抜くことに耐えられない。君に使ってもらうより他にない」
「それは…」
「エンゲージして欲しい、いまここで」
蒼穹をふたつに裂いて黒い線が天頂を目指して進んでいる。
来た!
「時間が無い。頼むアンシー」
ジャンヌが青い指輪をアンシーに渡す。
「判りました」
アンシーは左手の薬指にその指輪を通す。
天頂に達した黒い線は見る間に膨張を始めた。
線だったものが黒い円になり、いまや、空の10分の1を覆いさらに加速度的に広がって行く。
音が聞こえてくる。羽音だ。
空を埋め尽くそうとしているのは黒いイナゴ。飛蝗の巨大な塊だった。
ジャンヌはアンシーの手をとって自分の胸におし当てた。
ふたりの姿が変わる。眩い白金色の鎧がふたりの身体をぴったりと覆って行く。
アンシーは自分の右手がジャンヌの胸を貫いて心臓に触れているのが判る。
暖かいジャンヌの心臓のすぐ隣にそれはあった。冷たい金属の柄だ。
「引き抜いて」
「はい」
「ああああああああァァァァーーーーーー」
聖女の悲鳴があたりを振るわせるとその身体から美しい白金の刀身を持つツーハンドソードが現れる。
恐ろしく長い剣だった。アンシーの身長ほどもある。
そして、それはアンシーの両手に吸い付くように従い、さらに、強い力を伝えて来た。
…叫べ、エンゲージする者よ!…
アンシーとジャンヌの声が唱和する
「世界を革命する力を!」
「世界を革命する力を!」
イナゴはすでに黒い壁となってオルレアンのコンボイを押し包もうとしていた。
…わたしを振るえ。わたしを振るうのだ…
アンシーは剣の呼び声に従うだけだった。
剣の名は自然に判る。そのずば抜けた力も判る。無敵の万能感がアンシーを満たしはち切れそうになる。
ついにアンシーは叫ぶ。
「王者の剣デュランダル!力を示せ」
そして腰だめに長剣を構え、水平に薙ぎ払う。すぐさま上段に構え直し今度は垂直に切りおろす。
その十文字の軌跡は天を切り裂き。飛蝗の群れを4つに裂く。
さらに、水平、垂直、斜め切り下ろし、斜め切り上げと、デュランダルが打ち振るわれるごとに世界が変わって行く。
そう、いま世界は革命されているのだ。
それなのに、イナゴの群れがまたひとつになる。そのたびに世界が古く、疲弊したものに戻ってしまうのが判った。
あれに包まれたら、腐り果て、朽ち果て、滅びさるのだ。
「アンシー力の使い方を変えて!」
ジャンヌの声が頭の中に直に届いた。
切り裂くのではなく包み込むように使うというイメージが送られて来た。
アンシーは目を閉じてそのイメージを出来るだけ正確に再現しようと努めた。
デュランダルをゆっくりと大きな円軌道を描くように回す。
全ての飛蝗を包み込むように、取り込むようにイメージしながら。柔らかい身体をいっぱいに使って出来るだけ大きく円軌道を描いて行く。
デュランダルの刀身が輝き始め、光は全天を包み込むように空へ放たれた。
空のほとんどを占めていた巨大な黒い球体は次第に薄い光の皮膜に覆われて、黒と白の支配権が交代して行く。
やがて、黒の最後の一塊が光の中に取り込まれると、その口はキッチリと閉じて完璧な球形に姿を変える。
荒い息のアンシーを後ろからジャンヌが優しく包むようにした。そして囁く。
「素晴らしかった。初めてとしては最高だよ」
「ありがとう」
「では、仕上げをしよう」
白金の乙女はふたりで声を合わせて叫んだ。
「腐敗の虫よ!本来の領土へ還れ」
巨大な光の球体はあっという間に縮小して、一瞬、ふたりの前で揺らめいた後、完全に消失した。
「状況終了」
「アンシーいまから、わたしは君の薔薇の花嫁だ」
「そんな」
「それが、いちばん大きく力を使える組み合わせだ」
「でも…」
「剣財閥からウテナを取り戻すのなら力が必要になる!」
もう日本は間近に見えて来ていた。

「飛蝗砲弾、消失」
「霊的エネルギーを他の形質に変換されてしまったようです」
「超常空間索敵網はオルレアンをロストしました。再度発見するには卦を立て直しませんと」
ミツルは表情を変えずにただ片手を上げて、剣財閥企業保安部超常能力課の報告を止めさせた。
彼らのために卦を立て、超常空間のどこにオルレアンが現れるかを索敵し、呪詛の砲弾を形成したのは、
彼女自身であったから、やられたならどうなるか、言われなくても知っていたから。
既に呪詛の術者へのリバンウンドは戻って来ていた。
今朝、ベッドに蠅の塊が降って来た。
直ぐに地獄へ送り返したが気分は良くなかった。
「ウテナの顔を見に行こう」
しかし、自分がウテナの機嫌も損ねてしまうことをまだミツルはこのとき知らなかった。

その8その10
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