敵地の真ん中でもオルレアンは設営する。それが暗黒の旅団の面目だ。
日本に上陸して直ぐに、興行に向けて準備に入っていた。
皆、忙しく立ち働いている。
しかし、その中に在って、肝心の最高幹部たちの間に亀裂が生じていた。
オルレアンの副将たるジルとピエールは憤懣やる方なしといった顔でラ・ピュセルを見ていた。
ふたりにとってジャンヌは神聖にして冒すべからざる乙女(ラ・ピュセル)だった。
その彼女が、よりによって新参者に王者の剣を授けたという。
この果てしない旅を始めた時からの同志であるふたりにはどうしても許せないことだった。
「ラ・ピュセル。考え直してくれる気がないのならわたしにも覚悟がある」
ジルは深い青灰色の瞳に、冷えた妄執を滲ませながら、揺らめくようにジャンヌの前に立つ。
ジャンヌは動じる気配も無くタローを切り、床に並べて行く。
ついにジルはジャンヌのあごの先に手を掛けて上を向かせようとした。
だが、そうはならなかった。
ジルの手は巻き取られ、まるで糸車のように回転する。
音も立てず長身の美男子は床に転がされた。
ジャンヌは投げ終わった姿勢のまま、ジルを見下ろしながら囁いた。
「わたしの大切なジル!!わたしはいつも自分のしたいようにするの」
「でも、焼きもちを妬いてくれるのはちょっと嬉しい」
ジルは床に伸びたまま顔だけをそっぽに向けた。
「ふん」
「ピエールも聞いて!」
世界の果てになってしまったかつての部下たちにジャンヌは、優しい声で言った。
「もう、わたしたちは自分の剣を自分で抜くことには出来ないだろう」
「わたしたちは、互いにどんな組み合わせでも、限界だ」
「誰が誰の剣を持ったとしても、激しい煉獄の痛みの前に、剣を振るうどころではない」
「新しい王子様が必要だったんだ」
ここで、初めて
黒い髪を荒々しく伸ばしているピエールが腕組みしたまま意見を述べた。
「決闘者を選んでその中から決める手も在っただろう」
ジャンヌは背を伸ばし男たちを呆れたというような目で見た。
「男って自分の感覚にどうしてこうも自信がないのか、理解出来ない」
「わたしが、そう感じたのだからアンシーで間違いないわ!!」
ジャンヌはいともあっさり言い切って議論は終わってしまった。
この諍いの原因が自分にあることを感じてたアンシーは部屋の隅で息を詰めて待っていた。
この男たちから感じる力はある意味、兄ディオスさえも凌いでいた。
しかし、ジャンヌはまるで意に介さず、自分の思った通りにしてしまった。
この人が自分に王者の剣を持たせることに決めた理由が、
ここにいるふたりの男たちと同様アンシーにも理解不能だった。
けれど、
剣財閥と関係があると思われるなぞの術者からの攻撃を退けてから、
アンシーのジャンヌに対する信頼は、ひときわ篤いものとなっていた。
ごく最近まで、親しい友人というものを持ったことがなかったアンシーにとって、
ウテナ以外にこれほど信頼する人が現れるとは思ってもいないことだった。
ジャンヌは居室の床に展開したタローに視線を戻した。
「ジル、ピエール揉め事ついでに言っておくけど、どうやら興行はふたりに任せきりになりそうだ」
「なにィーー」
大男がふたりでユニゾンするのはちょっと滑稽だった。
「そうカードが言っている。わたしとアンシーは学校に通う」
「ええ?」
こんどはアンシーも入れて三人の混成合唱になってしまった。
「わたしとアンシーは、鳳学園というところに行かねばならない」
「??????」
もはや、声も出ない。
「天上ウテナと剣ミツルはそこに現れる」
その9その11
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