「げッ!なにこれ!趣味悪う。君ら本当にこの服着てたわけ?」
ジャンヌは荷造りの手を止め、アンシーに向かって、その服を振ってみせた。
彼女が掲げて見せたのは鳳学園の女子の制服だった。
「どーもー。その通りでーす」
アンシーの返事は棒読みで、おまけにメガネもズリ落ちていた。
「わたしはこのユニフォームは勘弁してもらおう」
ジャンヌは勝手に決めて、制服を放り出し、荷造りを再開する。
2学期が始まると同時に鳳学園へ転入する手続きをとった。
オルレアンの支配下企業により、ふたりのための寮として、あの東館を全館貸し切りにする準備も進んでいた。
東館。ウテナと暮らした儚い日々。
…いまのわたしにとって、本当の永遠とはあの短い日々のことだ…
「兄は、このことに気付いたらどう出るでしょうか?」
「それは、わたしたちにとってのこと?それとも、ウテナにとってということ」
「両方」
「さあ、どうするかしらね?でも、わたしは薔薇の花嫁を欲しがるような男に遅れをとるつもりはないわ」
「ウテナは?」
「リリスがウテナを守るなら、ディオスはわたしを相手にする以上に身の程を知ることになると思う」
「君たちの歳では、前に降臨したリリスを直には知らないわね?」
「ええ」
「それは、幸せなことだ」
ジャンヌは溜息をついてから話題を変えた。
「剣財閥は代々自分たち企業の薔薇の花嫁を持って来た。経営判断を司る巫女としてね」
「ミツルもそうなるはずだったと思う。ところが現れたのは遥かにやっかいなものだったのさ」
「リリスは誰の言うことも聞きはしない。剣財閥は大混乱に陥ったし、世界が危機を迎えるところだった」
「でも不思議なことに、剣ミツルはただの財閥のお嬢さんであり続けた」
「世界を滅ぼす力を持つのにミツルはそれを使わない。歴代のリリスにはなかったことだ」
「だから、いまのうちに討ち取りたい」
ジャンヌの最後の言葉の冷たさに、アンシーは会って以来、初めてこの人に不安な気持ちを抱いた。
お庭番は端から自己紹介をしなければならなくなった。
…なんだそれは、何処かの小学校かァ…
その人は、ひとりひとりにとても元気よく、丁寧に挨拶をして行く。
翳りの無い明るさは、なにかありえない生き物、そう天使かなにかのように思えた。
年下のキララやルミナはスカートの端をつまみ小首を傾げて、嬉々として挨拶をしていた。
「最後はリーダーの…」
「托塔月子。16歳。趣味はバイクです」
「初めまして、天上ウテナです。ミツルさんとは姉妹らしのですが未だよく判らないことばかりで…」
「初めまして、ウテナお嬢様。新学期からよろしくお願いいたします」
ウテナは月子に顔を近づけて、耳打ちするように聞いた。
「実はさっきから気になっていたんだけど、わたしは鳳学園の中等部だから、皆さんとは一緒に学校へ行くことは無いと思うんですけど?」
「ええッ?!このお屋敷の敷地内にセント・ブレイズ女学園があるので、皆、そこへ通われると思ってますよ」
「へッ?聞いてないんですけど。そんなこと」
「ミツル!ミツル!そんなこと勝手に決めてないでしょうね?」
…来ていきなり呼び捨てですか。かなわんなこりゃ…
月子は苦々しい気持ちでその美しい声を聞いていた。
その10その12
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