「三年、築山三奈子さん。三年、築山三奈子さん。生活指導室まできてください」

来た。このときが来てしまった。
校内放送を聞いて、そう思った。
それは午後の最後の授業が終わってすぐのこと。

ぽん、と肩をたたかれて。
振り返ると、祐巳さんとクラスメート達。
「今日は掃除、まかせといて」
「ありがとう」
私も生活指導室へ向かう。
なにかできるわけじゃないけれど。
そばにいるだけでも、それだけでも力になれれば。

怪文書。
先日わずかな部数ではあるけれど、リリアン高等部に巻かれた紙爆弾。
三年から一年生の一部の生徒の下足箱に、いつの間にか投函?されていたストーリー。
入っていた生徒は把握できていないけれど、おそらく無作為。
そのタイトルは『ペーパーローズ』。

ミッション系女子高に通いながらも常に刺激を求める生徒が、三年生となって受験勉強に追われる。
そのストレスと今までの反動から道を踏み外し、遊ぶお金欲しさに制服や下着を売ったりすることで転落していく。
最後は友人に暴露されるかたちでみなに知られ、高校を去ってゆく。
念に行ったことにポニーテールの写真、、、お姉さまの後姿の写真入り。


「やられたわね〜『紙薔薇』ってなかなか侮辱的だと思わない?」
「そんなこといってる場合じゃないですよ!」
「ねえねえこれ「イエローローズ」のパロディになってるのよ」
「みればわかりますよ!」
「あのときはね、生活指導室に呼ばれてほんとすごくおこられたの」
「忘れませんとも!放っておいたらまた呼び出されますよ!」
「いきなりそれはないわよ。だって身に覚えがないもの」
「でも、、お姉さまのこと、そういう目で見るようになる生徒が、きっといます、、」
「それは今までの経緯があるからがまんしなきゃ」

なんて、すーっと。
私にわからないようにしながらのため息。
そこでちょっと違和感に気付く。

「お姉さま、あの」
「なあに?」
「制服が、妙にパリッとしてますね」
「そりゃそうよ、新調したんだもの」
「三年生が二学期になって制服を新調?」
「だって〜クリーニング屋さんが紛失しちゃったって」
「思い出の制服をなくすなんてぇヨヨヨって泣いてゴネたら、弁償のときかなりプラスアルファしてくれたわ」
「なんか制服売り飛ばすと変わらないですね」
「そりゃそうよ、思い出の制服、なんですもの」



そんなこといってるうちに噂は広がり。
お姉さまはうしろ指をさされる存在。
担任や顧問の先生にはちゃんとお答えしておられたけれど。
でも噂はやまず。
ついに今日、生徒指導室へ。

急いだつもりだったけど、もうお姉さまは指導室のなか。
ひと目でも会いたかったけれど。
お姉さまの、大丈夫、って一言が聞きたかったけれど。
でも、こんなのただの濡れ衣。

指導室前にはゴシップ好きの生徒も集まっている。
新聞部の元名物部長のスキャンダルだもの。
でも、新聞部ができる限り取材して、きちんと正しい記事にして。
お姉さまが誰恥じることのない人だってこと、ちゃんと学園に知らしめる。
あ、いや、でもなんか裏で色々やってたらしいから、、、ごにゃごにゃ。

生活指導室から出てくるまではたっぷり時間があった。
それでも出てきたお姉さまはかなりサバサバした表情。

「どうでした、何か言われましたか?」
「ええ、停学ですって」



ドドドドドドドドーーーーーーーーーー!!

蜘蛛の子を散らすように走り去る生徒達。
あぁ、もう誰にも『停学』の噂は止められない。
その様子は生活指導室の中にもしっかり伝わっていて、先生方は全員頭を抱えておられた。

「お姉さま、なんて、なんてことをいきなりーーー!」
「いやだ、たったの一週間よ。この騒ぎを沈静化するためですって。受験生だし」
「それでも、これじゃお姉さまが、お姉さまがおかわいそうです」
「でももうこんな状態ですもの、ちょっと時間をおくほうが得策だわ、それに、、」
「それに?なにかあったんですか」
「学校側に証拠写真が送られてきてたのよ。事態は深刻かもね」

証拠写真。
お姉さまがリリアン生としてふさわしくない行いをしているという、証拠。
制服を売買するお店の前に立つお姉さま。
あやしげな人たちのそばにいるお姉さま。
でもそれはそう見えるだけ。
通りかかったようにもみえ、入ろうとしているようも。
偶然のようにも、仲間のようにも。
でもそんな写真を束にして送られてきたのだという。

「お姉さま!嘘ですよね!わたし信じてます、信じてますから!」
「それが正解」
「えっ、、、」
「私はもう、あなたに何も恥じることないお姉さまになったつもりだから」
『ありがとう、真美』



お姉さまが登校されなくなってしばらく。
「ペーパーロ−ズ」からたどれる情報はなかったし。
証拠の写真の束は学校が保管しているし。
そうやってわたしもなにもできないうちに。
噂は噂を呼び、お姉さまのことはどんどんエスカレートする一途。
幸いなことに、新聞部の取材活動にはまだ影響はない。
慎重な取材を行っているから、まだ記事になっていない、と皆思ってくれている。
『書かないことも力になるのよ』
そんなお姉さまの言葉を噛み締める。

ロサキネンシスは祐巳さんを通じて情報操作の可能性を伝えてきた。
山百合会でも誰かが誘導している可能性を疑っており、追跡調査をしていると。
責任を持って調べるからこの件については新聞部はご自愛いただきたいと。

一旦お姉さまの件は保留にしよう。
そう思って放課後の校庭へ取材に向かう。
昇降口に降りて外履きに替えようとして、そこで手紙に気付く。
表書きは、わたしの名ではなく。
『ペーパーローズのつぼみ様』と。

ひとりで、指定された時間、指定された特別教室で。
誰にも知らせずおいでください。
決定的な証拠をおみせします。

犯人?
それともイタズラ?



小さな、古い本がたくさん詰まれた教室。
教室と言うより準備室とか物置とか、そんな感じ。
そこの適当な椅子に腰掛ける。
そうして指定された時間をだいぶ過ぎ、それでもまだ待っていると。
廊下から足音が近づき、教室の前で止まる。
入ってきたのは同じ二年生。
何度か同じ組になったことはあるけれど。

戸を背中に、わたしに話しかける。

「遅くなってごめんね。あなたがひとりで来たか、確かめなきゃいけなかったから」

「お姉さま、大変なことになっているね」
「なにか、知っている、の?」
「取材口調じゃなくてうれしいわ」
「答えて」
「あなたのお姉さまはリリアン生にあるまじき行為をしている」
「そんなことない」
「何代ものリリアン生が大切に守ってきたこの制服を売って、伝統を穢がした」
「そんなことない!」
「この紙切れが証拠」

わたしにちいさなビニール袋に入ったレシートを見せびらかす。
ちょっとした金額とお店の名前。聞いたことのない名前。

「制服を売った時のレシート。『ツキヤマ』って刺繍のある制服の、ね」
そういって後ろ手で鍵を閉める。



「わたし、あなたが好きなの」

そういってすっと口元だけに笑み浮かべる。

 あなたは聡明だから、もう、みんなわかるはず
 あなたのお姉さまは受験生、今こんなときのトラブルは進路どころか一生のキズになりかねない
 こんな伝統ある学園の生徒だからこそ、中退なんてもってのほか

 こんな小さなレシート一枚。これにはもう何の価値もない
 だって誰かがこの店名を告げ口するだけですべて終わってしまうんですもの

 でも、大丈夫よ
 そんなことする人は誰もいない
 お姉さまが卒業するまでの間、あなたがわたしのものでいればね

そういって彼女は手で自分の髪を後ろにまとめる仕草を。
そうしてポニーテールにすると、、お姉さまそっくりのヘアスタイルに変わった。

 店長さん、大喜びだったわ、超レアものだって
 非売品にしてガラスケースに入れてしばらく飾るそうよ
 いやだ、元の持ち主も同じように閉じ込められているんだったわね。フフ、ちょっと可笑しいわね

唇を噛み締める。
彼女は、お姉さまの将来でもってわたしを自由にしようとしている。
きっとこのまま脅しつづけて、卒業してもまだ、わたしを弄ぼうとするに違いない。

「タイをほどきなさい」



命令は続く。

制服を脱がせ、下着も一枚一枚脱がせる。
脱いでゆく様をゆっくり観察される。
その都度、心の中で繰り返す。
お姉さま、お姉さま、お姉さま!

ソックスや髪を止めていたピンまで外すようにと。
足を肩幅に開くようにと。
両手を頭の後ろで組むようにと。

何も隠すことができない恥ずかしさでうつむき加減になる。

すかさず、正面を向き、目を開け、笑うようにと命令され。

でも、笑顔はこわばり、、、涙が落ちる。

 綺麗よ。ごめんね、姿勢はそのままでね

指で、身体の線をなぞられる。曲線を、弄ぶように。

目を閉じ顔をしかめてしまうと、すかさず笑顔を強要される
そうしておいて、なお、指先で弄ばれ続ける

そのとき、ガッガチャッと鍵が開く音がして。
二人の動きがとまる



「失礼しますーこちらに真美がおじゃましてませんでしようかー」
「お姉さま!」

無我夢中でお姉さまの胸に飛び込んだ。

「三奈子さま!、、どうされましたか、停学中とお聞きしましたが?」
「先生方にはそんなこと言われてないわ(すりすり)、自主休学だったのよ(すりすり)。受験生は色々忙しくて(すりすり)」
「きゃっ!こんなときにセクハラしないで下さい!」
「真美さんはわたしの親しい友人です。お姉さまとはいえそのような振る舞いは許されませんよ。そうでしょ、真美さん」

一瞬わたしは凍り付いてしまう。
でもお姉さまはまったく動じず。

「うふふ(すりすり)。親しい友人ならはだかになんてしないわよ〜(すりすり)」
「スールだってセクハラしません!」
「真美さん!」

もう一度恫喝される。指先のレシートをひらりと揺らす。にやりと笑う彼女。
それに負けじとお姉さまもにやりと、、あまり格好良くなく笑う。

「真美ったらまだ気付かないの?(すりすり)」
「(う、まだセクハ、)、、こ、この、お姉さまの制服って!」

お姉さまは着慣れた元の制服を着ておられた。



ひらり。
お姉さまも指先で何かをひらりと揺らす。
写真?

「ああいうお店ってどういう女の子が着てたかも大事だから、一応隠し撮りしてたみたいよ」
「ほら、この制服も売りに来てた女の子の写真付きだったわ」
「店内を背景にした女子高生の顔写真、がね」
彼女の顔は蒼白になる。

 そもそも私に恨みがある人はこんな回りくどいことするかな、って思ってね
 学園内の私の評判なんて最初から悪いんだから、もう少し悪くなっても今更どうってことないし
 だから今「ペーパーローズ」を読んで一番怒ったり悲しむのは誰かと思ってね
 まぁ「ペーパーローズ」を読めば次にどんな手を仕掛けてくるか丸わかりだから、後は楽チン
 山百合会の方々に真美の周囲の監視をお願いして、私はリリアンの制服探し
 まぁ一応女子高生だからああいうお店に直接行ってみたけど、見つけたのはインターネット
 やっぱり超レア品、トップページに自慢気に掲載されてたわ

 お店で盗品!て騒ぎ立てて、警察に通報するって言ったらすんなり返してくれたわ
 やっぱり風俗営業は警察に弱いのね、写真とネガも簡単に確保できたわ

 この場所?あぁ、あなたが手紙を入れた直後に監視をお願いしてた一年生がすぐ読んじゃった
 あなたが監視を始めて真美が手紙を開いた頃には私も内容を知ってたのよ

「あなた、どうする?」



 あなたは多分、私の進路のことで真美を脅したんでしょう
 でも私は真美のおかげで、いままでリリアンの生活を充分楽しめたの
 だから真美のためなら、別に退学したってかまわない
 一応リリアン女子大も受験するけどね

 でもあなたは、まだ二年生。まだマリア様のゆりかごの中でまどろんでいていいのよ
 それにスールだって。これからあなたにお似合いのスールが見つかるかもしれないのよ

 私はあなたのことを学校にもだれにも話さない
 あなたはあなたの償いをしなさい
 あなたが真美におわせた傷は、私が何とか癒すから

 さっきの顔写真も、お店ではちゃんと目線を付箋紙で隠してあったから、ね


彼女はちいさくお辞儀をして。
教室を出て行った。


彼女の立ち去った後を見つめる。
(すりすり)
「きゃんっ!セクハラは止めてください!もう!」
「だってあなたったらはだかんぼでかわいいんだもの」
「ぎゃーすぐ着ますから!(すりすり)じゃましないで下さい!(すりすりすりすり)」



「彼女を不問にするなんて全然納得いきません!」
「いいじゃない。あんなことをしてしまうほどあなたのことが好きだったんでしょうから」
「でもお姉さまがふしだらなことをしているってことを否定できないじゃないですか!」
「なるほど。まあ私の名誉回復はあなた達でなんとかしてよ、ゆっくりでいいから」
「、、噂は風化するかもしれませんが、先生方はどうするんです」

一緒の帰り道、まただんだん腹が立ってくる。こんなにお姉さまが心配なのに。
それなのにお姉さまはきょとんとして。

「真美、江利子様の小説のこと覚えてる?あの騒ぎでも新聞部はツブれなかったし、私にも処分はなかった」
「でも推薦入学はダメになったって!」

突然イエローローズの話なんかし出して。話をはぐらかそうなんてズルすぎる!
顔を真っ赤にして、目に涙をにじませて、なじる私をなだめながら。
「まだ気付かないの、へ〜ぇ、でもそれだけ私を守るために必死になってくれてたのね」

 でも大丈夫なのよ、ここはリリアン。私達はいつもマリア様と、

『シスター佐織に見守られているわ』



 あの時、ちょうど花寺の一部でリリアン生に色々ちょっかいをだす輩がいたのよ
 そこで学園として、花寺の学生にリリアンとその生徒の保護者がいかに怖いかをアピールしたかったのよ
 だからあの号外は学園外の花寺や江利子様のご家族に届くまでバラまかれたし
 速やかに消火すべく、あなたの訂正号の配布も実にスムーズにおこなわれたでしょう?

絶句。
とうの昔に学園長とお姉さまは根回しを、、今回の件も学園長は最初からご存知で、、
お姉さまのコネクションって、、、先生方にまで、、、

「そもそも私ひとりであんなお店に乗り込んで色々取り返せるわけないじゃない」
「今回のことは最初から生徒指導の先生は全てご存知で、、、」
「それどころか学園長の御口添えをいただいて、生活指導の先生と一緒に制服屋さんに行ったのよ」
「でもそれじゃ、あの子には生徒指導部から何か処分があるんじゃないですか?」
お姉さまはニヤリとされて。

「何もさせない。あの子には一切手出しはさせないわ」

そうして。
先生の車をタクシー代わりにしちゃったのよ、なんて笑うお姉さまに、何かがぷつんっと切れて。
わたしはもうぼろぼろ涙を流しながら、大好きな人の腕にしがみつくしかできなくなってしまった。

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