同じ学園のなかで学舎が変わっただけ。
 しかし高等部に進んだということはこんなにも気が張るものなのか。
 今日も最後の授業も終わり当番もない。後は習い事に寄って帰る。
 机の上に鞄が二つ。それぞれ教科書とお稽古の道具が収まっている。
 しかし今日ばかりは素直にそれらを手に帰路に着く気にはなれなかった。
 だがいつまでもこうしてはいられない。教室掃除の邪魔にもなる。
 目を伏せため息を一つ。そしてそれは長い長いため息となった。

「ごきげんよう、祥子さん。どうしたの今日は?」
 聞き慣れた声に顔をあげると三奈子が立っていた。
 頭に三角巾を着けているところを見ると掃除当番らしいが…、しかし他に着けている
者はいない。
 そう、この学園では掃除当番が三角巾を着けるという規則はない。
 その三角巾は三奈子が自主的に着けているのだ。

 中等部の頃、祥子は三奈子になぜ一人で三角巾を着けているか尋ねている。
 それは祥子にとって奇妙なことと映り注意したつもりだったのだが、しかし三奈子は
「気合いが入るからよ」と言いながらニカッと笑って返したのだった。
 それ以来、二人は時折気のおけない会話を交わす仲となった。

 急にガタンっと椅子を鳴らし立ち上がる祥子に三奈子は驚いたが、もっと驚いたのは
そのまま自分の腕を取って廊下に連れ出そうとしたことだった。
「後で私も手伝いしますから、すこし三奈子さんをお借りします」
 教室を出掛けに、祥子はそう他の掃除当番に声をかけていった。
 祥子が当番のような決まり事を曲げるなど、三奈子には信じられなかった。

 もう一度いや二度、三奈子は驚かされた。
 祥子は三奈子に何も隠すことなく話してくれたからだった。
 紅薔薇のつぼみに声をかけられたこと。
 そして会話の内容、別れ際の言葉。
 それはプロポーズそのものだった。

 三奈子はこの『スーパーお嬢様』は妹を持つことがあっても姉になる者はあるまいと
思い込んでいた。しかし山百合会の方々なら申し分ない。
 そしてもう一つの驚きは、頬を紅く染めながら早口でまくし立てる祥子の姿に対して
だった。こんな彼女は見たことがなかった。
「祥子さん、ちょっと待って」
 三奈子はそんな祥子の言葉を制し正面から祥子に向き合った。
 祥子のキョトンとした様子に三奈子は五度目の驚きを覚えた。
 まさかと思いながらおそるおそる尋ねてみる。
「祥子さんはロサキネンシス・アン・ブゥトンのスールになるの?」
 みるみる表情が変わってゆく。
 まさか、そしてやっぱり。
 祥子の様子からこれがプロポーズであることにやっと気付いたことが見て取れた。
 三奈子は一大決心をした。

「祥子さん、今まで黙っていたけれど」
 三奈子は敢えてと断りながら祥子のコンプレックスを喝破し、そして諭した。
 習い事なんて全部辞めちゃえ、もっと大切なこともっと色んなことを山百合会で教わ
るべきよ、と。

 掃除の手伝いは断った。
 それより直ぐ帰って家族に話を付けるように促した。
 元々の冷静さを装いながら教室を出る祥子。
 それを見送りながら三奈子はほくそ笑む。
(祥子さん。親友としてこの高校生活の三年間、たっぷりと楽しませてあげるわ)
 そう、まだ三奈子は腕章もカメラもメモ帳も持っていない。
 あるのは頭の上の三角巾だけだった。
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