人目を避けようと死角に入ることは、同時に自分も死角を持つことに他ならない。
 入っただけで安心してはいけない、気を許してはいけない。
 しかし人はそんな当たり前のことを忘れてしまうものだ。
 ましてや心が囚われているときなら、尚更だろう。

 古い温室にもそんな死角がある。
 踏み石を辿り、錆びたガラス戸を開き、中へと歩むと拡がる華やかな空間。
 入り口付近の花々を見れば、まだこの温室には誰かの手が入っていることが判る。
 放っておいてはこんな大輪の花などここまで見事には咲くことはできない。
 しかしそれは手前の方だけ。
 そこから奥へ進もうとしても、枝のように太い茎、ぼうぼう茂る葉、絡まる蔓。
 植物の持つ凶暴性に気付かされ、圧倒されるだけだ。

 伸び放題のそれらに阻まれては引き返す他はない。
 しかし本当は一見そう見えるだけ。それらの一角をちょっとかき分けると三角形の扉が開くのだ。
 制服を汚すこともなく潜り込むことができる空間。
 そうして奥へと進めば日の光に温まった小さなベンチがある。
 目映い光に満ちた暖かい場所がある。

 茂る葉の間からはガラス戸の辺りだけでなく学舎へ続く小径までも見渡せる。
 しかし逆にこちら側は見えない。身を潜め口を噤めばもうわからない。
 実際に世話などに立ち寄る生徒でさえ何組もやり過ごすことができた。
 何が行われようと誰にも気付かれない。
 それは逸脱していく者達のための死角。

 口づけの湿った音が時に不安定な唸り声と断続的な囀りに変わる。
 淡い髪の少女に覆われるように黒髪の少女がベンチに座る。
 しかしただおしとやかに座っているのではない。下着を失った臀部を座面に直に付け、両膝も大きく開かれたまま。
 スカートを胸までたくし上げ、臑も腿も腹部までも全てが顕わになっている。
 薄い萌毛の奥の、十六歳のそれだけがもう一人の少女の手で隠されている。

 覆っていた筈のその手が指先から消えてゆくと、ぐぅというつぶれた鼻息が鳴る。
 再び指が、鈍い反射を放ちながら元に戻ると、今度は艶のある吐息が漏れる。
 指は真白い太股に挟まれた花心に幾度も沈み込み、粘性の蜜を幾度も汲み出し続ける。
 一本二本と指が増す度に長い黒髪は一層波打ち、嬌声は大きくなる。
 そして繰り返し名前が呼ばれている。友の名前が呼ばれている。

 そう、私は直ぐ傍にいる。

 荒れ放題なのは温室の中だけではない。
 ベンチから板壁一枚隔てた外側の、高い雑草の後ろに狭い空間がある。
 温室の外側からも、内側からも、二人からも見えない本当の死角がある。
 強い日差しもない。雨に当たることもない。
 ただその一人分の場所は気温に関係なく心を凍てつかせる。

 全てを求める者と全てを与える者、いえ、貪る者と貪られる者というべきかもしれない。
 友の浅ましい姿と手折られる少女の姿から巻き起こる、この言い様のない憤りに目眩すら感じる。
 しかし、では私は?先回りして待ち伏せる私は?止めさせられぬ私は?これでもう何度目か?
 許されない行為に浸る友と今の自分の行為はどちらが罪深いのか?
 見つかってしまったらどうすればいいのか?

 混乱の中にあって身動き一つできぬその時に、友の唇から溜息のような声が漏れる。
 今日始めて聴くその声に思わず眼前が白らむ程興奮する。
 しかしそれは黒髪の少女の名で、私の熱を帯びていた身体は一瞬に凍り付く。
 それでも私はそこから立ち去ることはできなかった。
 そして眼を閉じても耳を塞いでも何も遮断することはできなかった。



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