東館の前に立った。
ウテナは目眩を起こすのではないかと思った。
何もかもが、あまりに切なく懐かしい。
アンシーとままごとのような暮らしをした場所。
そして、暁生さんと初めて出会った場所。
アンシーが好きだった。
暁生さんが好きだった。
暁生さんとアンシーと三人で仲良く出来たらどれほど幸せだったことだろう。
…でもそれはマヤカシだ。暁生さんが見せた甘い罠だ…
あの時、自分は誇りと尊厳のため、どうしても戦わなくてはならなかった。
命を賭けてでも…。
…気高くあり続けるために…
三人で仲良く暮らす事など出来はしなかった。
全てを楽観的に見るウテナでも、もうそれは間違えない。
いま、ウテナが知りたいのは薔薇の花嫁をやめたというアンシーのこと。
彼女が本当に自分の意志で生きる自由を得たのか?ということ。

鳳学園に戻ったとき、ウテナはミツルと共に以前のクラスに編入された。
だが、アンシーは違うクラス。それも思いきり遠い教室だった。
2学期の初めから、いきなり怪事件に巻き込まれたうえに、
クラスメイトにミツルを紹介したり(この娘を誰かに紹介するのはもの凄く骨の折れる仕事だった)、
ミツルの元へ取っ替え引っ替えやって来る剣家お庭番、
壱の矢、弐の矢、参の矢、四の矢、五の矢をクラスメイトに紹介したり(これも同じくらい面倒)、
そんなことに追われていたら、アンシーに会いに行くことさえままならなかった。
…アンシーがこの学園に戻っていることが判っているのに…。
そしてついに今朝、どうあってもアンシーに会いに行くとミツルに宣言した。
そうしたら、大喧嘩になってしまったのだ。
ミツルは相変わらずよく判らない娘だった。
超然とした哲人のような態度と子どもじみた我侭が波のように繰り返す。
ウテナが溜息をつきそうになったとき、東館の正面玄関が開いた。
中から現れた人は…。

…王子様だ…
ウテナが最初に抱いた印象はそれだった。
白金色の髪、透通るような肌、瑠璃色の瞳、古代彫刻のような長身。
悠然と歩を進め正門の前に立っているウテナの処へやって来る。
「ごきげんよう、初めまして。天上ウテナさん」
樹理さんを初めて見た時も、冬芽を初めて見た時も綺麗な人がいるもんだと感心したけれど、
これはまた、桁外れという他なかった。
「は、初めまして。あの…」
「失礼、レディに対し名乗りもしないで」
「わたしはジャンヌ・ド・オルレアン。君が来るのを待っていたんだ」
ウテナの回りには?マークが舞い踊っていたことだろう。
「『ウテナは必ず来る』とアンシーが言っていたから」
ウテナは嫉妬という言葉がどんなことを指すか知らなかったが、
ジャンヌがアンシーと呼び捨てにしたときに感じた胸の奥の痛みを表すのに、
これほどピッタリ来る言葉はないなと他人事のように思った。
「実は君がやって来るのが見えた時から、アンシーが猛然とお茶の仕度をしているんだ」
「まだ始業にはだいぶ間があるだろう。ぜひ一服していってくれたまえ」
無論ウテナには拒むことなど出来ない。
その長身の王子様のような人について東館へと招き入れられるのだった。
その2 その4
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