「姫宮ッ!!」
「ウテナさま!!」
我知らず飛び出したのは、以前と同じ呼び方。
東館の2階で、ふたりは、まるで千年も引き裂かれていた恋人のようにヒシと抱き合った。
互いの腕が、互いの背中でもどかし気に絡み合っていく。
「また会えたッ」
アンシーは今日までウテナの前では見せたことのなかった喜びの涙を流した。
「もう離さない」
それを見てウテナも泣いた。
ジャンヌはそんなふたりをとてもとても静かな笑顔で見つめていたが、
やがて邪魔にならぬよう細心の注意を払って1階に降りていった。
…君たちの純粋な気持ちに報いてあげられたらどんなに良いだろう…
ジャンヌはアンシーが好きだった。
そのアンシーが想いを寄せる人、天上ウテナを自分の目で見て、この娘ならばと思った。
…剣の血と天上の血、相容れないふたつが鬩ぎあって生まれた奇跡だ…
…君たち姉妹がそれぞれに選ばれたのはやはり運命なのだろう…
ジャンヌは知らぬ間に、アンシーとウテナの幸せを守りながら勝つ方法はないだろうかと考え始めていたが、
やはりそれは叶わぬことと溜息が漏れた。
…手段を選ぶ贅沢はとても赦されない…
2階からジャンヌを呼ぶアンシーの声がした。
「ああ、いま行くよ」
憂いを打ち消すようにして軽々と階段を上る。
2階の食堂には3人分のカップが用意され、アンシーとウテナが待っていた。
お茶をいただきながら、ふたりが会えないでいたこのひと月と少しの間にあったことを、
まるで競い合うように報告しあったのだけれど、お互いの話はあまりに途方も無く、
朝のお茶の時間で語り切れるものではなかった。
「そろそろ、出ないとねッ」
ジャンヌが宣言し、朝の仕度はもう出来ていた3人は直ぐに東館を出た。
まだ、夏の日差しが残る空はどこまでも明るく輝いていた。
生徒会役員室テラスからは登校する生徒たちが見渡せる。
その朝、天上ウテナが以前は当たり前だった人と共に登校する姿が見えた。
しかし、いまやそのふたりが一緒にいることはとても有り得ないように思えるふたりだった。
だが、ウテナとアンシーはその朝並んで登校した。
その側にジャンヌの姿があったことも噂話を拡大することになった。
ご存知かしら、ご存知かしら。
姉妹喧嘩で仲違い。
姉が妹と一緒に登校するのを嫌がって、
昔の恋人と一緒に登校するようになりましたとさ。
剣財閥とオルレアンマテリアが犬猿の仲であることはほとんどの生徒が知っていた。
両者の体面を賭けた争いに発展する予感が、見る間に学園に充満した。
その3
その5
Return to flowers