「月子さん、パーティを開こうと思うのだけれど。設宴をお願い出来ますか?」
月子はどのような返事をしたものか正直迷った。
いま、ミツルが開きたいパーティとは?
お庭番としてはその意図を正確に反映しなければならないのだが…。
仲間内の気のおけないカジュアルな集まりか?剣財閥の跡取りに相応しい豪気な宴か?
背中しか見えない状態で、声音だけからでは月子にも確信が持てない。

最近、根室記念館3階サロンには月子がそれまで会ったことの無い人たちが出入りするようになっていた。
クラスメイトの話によればこの根室記念館のもともとの使用者は御影ゼミと呼ばれる研究団体らしい。
その御影ゼミの若きリーダーである天才高校生御影草時その人が助手(美少年だが月子は気に食わない)を連れて、
たびたびミツルを訪ねて来るようになったのだ。
しかも、お庭番である自分たちを差し置いてミツルといつもなにやら密談をしている(当然月子は気に食わない)。
この2-3日などはミツルは御影草時と碁を打ち始める始末…。すっかりお友達モードだ。
そして、いまもこうして対局中。
ミツルは碁盤を見つめたまま背中越しに月子に声をかけたので、
月子からはその表情を伺うことが出来ないというわけだった。

「白は魂、玄(くろ)は魄…。魄は地に残り鬼となり、魂は天上に還るッと…」
パチッ
碁の白石が象徴するモノと玄石が象徴するモノ…。御影は独り言のように呟いた。
「さすが天才高校生!難しいことを知っているのですね」
パチッ
ミツルはさも感心したという感じで少女らしい笑顔を作ってみせる。
「冷やかさないでください。これはあなたが本職でしょう…」
御影は自嘲気味ともとれる笑顔をミツルに返す。
そして盤上では、白の征(しちょう)が玄を縛り上げ、美しい渦巻き文様を描き出していた。
勝負は白、御影草時の勝ち。
けれど、この対局にとって勝ち負けはあまり意味がないことだった。
「それで、卦は立ちましたか?」
ミツルの少女らしい笑顔は消え、代わりに盤上から森羅万象を読み解こうとする巫女の貌が現れている。
「羅ゴウ星が出現します」
それならいま目の前にいるしッ!とツッコミを入れたくなるのを堪え御影は先を促す。
「それで…」
「七曜の星々は動揺し、計都星がいずれに組するかは定かならず…」
「天元はいまだ目覚めない…」
「要するに…」
ミツルは溜め息を細く吐き出すと、小首を傾げわざとらしくまた少女の笑顔に戻る。
「よく判らないってことが判りました」
御影は額に手を当てる仕草をして笑い出した。
「ハハハハッ。これは参った」
「それなら、わたしのような素人には何がなんだかさっぱり判らなくても問題なしですね」

古びた階段を登って来る、軽い足音が聞こえて来ると、
ミツルの顔色が目に見えて変り、先ほどまでの落ち着きを失った。
ウテナが帰って来た。
各自の部屋へはサロンを通らなければ入れない。
ウテナは、出来るだけ静かに、目立たぬように扉を開いたつもりだった。
「お帰り天上クン!お邪魔してますよ」
サロンの大扉を開いた時と同じように静かに閉めてから、
意を決したようにウテナが振り返る。
「い、いらっしゃいませ御影先輩!」
ウテナはぺこりと頭を下げると一目散に自室へ逃げ込もうとしたが無駄だった。
「お帰りなさい。姉様」
「また、東館ですか?」
ムキになって反論することは何もない。その通りなのだから。
「うん」
ミツルももうムキになって怒らない。かわりにニッコリ笑って言った。
「お使い立てして申し訳ないのですが、次に東館に行かれるとき、招待状をお持ち頂けますか?」
「ちょっとパーティを開くのでオルレアンの方々もお呼びしようと思って」
ウテナは一瞬、心配そうな顔になり返事を躊躇ったけれど、
何かを振り払うように顔を上げミツルに向かって微笑み返した。
「判った!ミツルもアンシーやジャンヌのことがきっと気に入ると思うんだ」
「仲良くなって欲しいんだ」
「ええ、勿論姉様のお友達ですから」

月子はこの会話から、いま出来うる最上級の舞踏会を開く必要があることを知った。
…まず、招待状の送り先リストを作らないと…
そして会場の確保と警備。
…頭痛い…
その4 その6
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