凶暴な昂りが月子を支配している。
2度目の実戦で勝利した。
その興奮が血中を駆け巡っているのだ。
だが、そんなものは早く拭いさるべきだと、古式剣流の教えは説いていた。
月子は早々に現場を離脱したが、本当は敵の正体を探るため遺留品を探す必要があったかも知れない。
ウテナを連れている限りこれ以上の深追いは出来ないと判断したのだが、
どちらが正しかったのか、今の月子にはとても判らない。
…頭を冷やせ…
…ウテナさんを乗せているのだから…
ウテナは月子のライディングスーツの背に身体を預け静かにしていた。
…この大切な人の妹を初めは憎らしく思っていた…
いまから思うと赤面ものだ。一本気で裏表のない、この好ましい人に嫉妬していたとは。
…ウテナさんを守ることが出来ただけで今回は良しとする…
やっと、思い悩む無限ループを断ち切ることができた。
鳳学園へと続く高速道路の照明の流れる光は、果てもなく続いているように感じられた。
ウテナが自室へ帰り着いたのは深夜だった。
月子の戦いを見た。
思い出すだけで手に汗が滲み、全く寝付けない。
…あいつらは人間じゃなかった…
ウテナにもそれはハッキリ判った。
なにしろ、煙となって消え失せてしまったのだから。
前回といい今回といいミツルを狙う者のなんと多いことか。
それもこの世のモノでない相手ばかり。
…お庭番が本当に必要だったんだ…
…ボクも出来る限りあの娘を守ってあげないと…
コンコン!
静まり返る根室記念館3階にノックの音が響いた。
ウテナはベッドに身を起こしカーディガンを羽織てから、
入り口のドアへ向かって囁くように言った。
「鍵は掛かってないからどうぞ」
静かにドアを開けて入って来たのはミツルだった。
ミツルが寝室へ来るのは、剣の屋敷で治療している時以来だ。
「こんな時間にすみません」
「起きていたから大丈夫だよ」
「月子さんからの報告を聞きました」
「……」
「わたしと間違えられたようです。いつもご迷惑をかけます」
「なに水臭いこと言うの、姉妹じゃない」
俯いてすまなそうにしながら、ミツルは答える。
「相手の見当はついているのですが、確証がないのでいまは反撃せずに様子を見ます」
「そうだね、それが良いかも。報復攻撃なんてろくなことにならないよ」
ベッドサイドの椅子に座ったミツルはウテナのその言葉を聞いて、
とても嬉しそうに微笑んだ。
「姉様らしい答えが聞けて良かった」
ウテナはその様子に微笑みかえすと、ベッドの上の自分のとなりをポンポンと叩いた。
ミツルは驚いたように目を見開き、ウテナの顔とその指し示した場所を交互に見る。
何往復かした時に、ウテナがさらに微笑を深くして、もう一度その場所を軽く叩いた。
ミツルはなにか危険なことでもするかのように、恐る恐るウテナの隣に腰掛ける。
常夜灯のオレンジの光の中でその横顔は、恐ろしい美に彩られていた。
自分にそっくりな顔なのに、そこに現れる表情は自分とは全く懸け離れている。
ウテナは深く考えた訳でなくミツルと並んで座りもう少し話したいと思っただけなのだが、
ミツルにはとても深い想いがあるように見えた。
ウテナはそのことには触れず、ふたりでただ他愛のないことを遅くまでしゃべった。
その8
その10
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