12気筒のエンジンが、この上ない静けさで巨大なリムジーンを加速させていく。
秘められた力を直接速度に置き換えていく無駄のなさ。
それはこの車を差し回した連中の強大な権力をいやが上にも連想させた。
後部座席の中央に座らされた暁生は、
両側を押さえる石岡ともうひとりの名乗らない黒服とをゆっくり見渡してから、
古くからの友人にでも話しかけるような調子で石岡に聞いた。
「今日は何処へ連れて行ってくれるんですかね?」
「弊社の社長がお会いしたいと申しておりまして」
体のいい誘拐だろうと内心吐き捨てた暁生だが、返事はとても愛想がいい。
「光栄ですね。天下の剣コンツエルンの社長にお招きいただけるとは」
後には嫌な沈黙だけが残ったが、車中の誰も困ってはいなかった。

車が剣財閥本社ビル特別車寄せに滑り込むと後部ドアは音も無く開き、
名無しの黒服が先に立って暁生を案内する。
この車寄せは最上階への直通エレベータのみに接続されていた。
黒服がセキュリティに認証を与えるとエレベータホールへの扉が開いた。
剣本社ビルには常時もの凄い人数が出入りしているはずだが、
この区画には誰ひとりいない。
無人のシステムが動いているのみだ。
三人の靴音だけが高らかなファンファーレのようにホールに響く。
ガラス張りのホールは20階分はありそうな吹き抜けで、天井がどこにあるのか一瞬見失うほどだ。
そこに、やはりガラス張りのエレベータシャフトが伸びている。
床には大理石と金属の素材が組み合わされたアールデコ風の幾何学模様が描かれ、
そのモチーフはエレベータのドアにもエッチングで繰り返されていた。
おそらく、なにかの宗教画をデザイン化した図案だろう。
全体が大聖堂の身廊か、神殿の内部を思わせる意匠になっている。
ふざけたことにエレベータのドアの背の高さだけで3階分はあった。
これでは特定の階にしか停まれないのも無理はない。
巨大なドアが音も無く開いた。
シャフトもガラス張りなのにゴンドラが到着したのは外から見えなかった。
…なにから何まで異常というわけか…
暁生は笑い出しそうになった。
それも狂ったような大笑いの発作だ。
中からは外の景色が見える天井まで10メートルはあるバカなエレベータの壁に手をついて、
爆笑するのを何とか堪えた。
これは、自分がいままでして来たことのカリカチュアだ。
ここに表現されているのは、自分よりさらに極端に拡大された、権力志向、悪趣味、支配欲。 
バカな男の愚かな夢。
エレベータの上昇速度の逸脱ぶりはさらに激しく、
感覚が暫くついて行けないほどであったが、
バカバカしくて、暁生はいちいち付き合って驚いたりするのは止めた。
エレベータは地上の景色を睥睨しながら、さらに加速し天を目指す。
その9 その11
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