根室記念館は、かつてない慌ただしさに包まれている。
月子は会場手配にあたって、どうしても、剣財閥の威光を使って横車を押し通すことが出来なかった。
そのため、学園内で大きなパーティ会場を手配することが叶わず、
しかたなく御影草時に根室記念館の1階と2階を使わせてもらえないかと頼むことになった。
もちろん御影は快諾してくれたのだが、
月子にとっては自分の押しの弱さを、またまた思い知らされる結果となった。
会場のセッティングのために剣家本宅の奥向きのメイド頭以下数人が呼び寄せられていた。
彼女たちは手の掛かるお嬢様とそのご学友たちのためにパーティの仕度をすることには慣れていたので、
来るなり月子や陽子らの尻を叩いて仕事を急がせてくれた。
おかげで引っ越してからそのまま手付かずになっていた、巨大なコンテナの扉をやっと開くことができた。
ミツルとお庭番たちのための衣装箪笥だ…。
パーティドレスだけでも、3階のサロンでは到底収まらず、
長い廊下を埋め尽くすハンガーの隊列となって姿を現した。
キララやルミナはきゃあきゃあ言ってその間を縫って走り回り、久々の衣装選びに嬉々としていた。
いままでなら、一緒になってはしゃいでいたはずの水晶の姿が見えない。
彼女はミツルの部屋にいたのだった。
「ごめん、忙しいのに余計なことを頼んじゃって」
「とんでもない。わたしに直に指示を出すなんて初めてだから嬉しい」
ふたりはミツルの部屋の窓際の小さなティーテーブルを挟んで座っていた。
「で、どうだった?」
水晶はちょっと俯き加減のまま膝の上に置いていた手提げ袋をテーブルの上に出した。
「月子さんとウテナさんが襲撃を受けた公園にこれが落ちてた。言っていた通り…」
手提げの中から透明なジップ付きのビニール袋が取り出され、
その中のモノが何であるか判った。
黒い革の手袋…。
それが3人分も入っていた。
泥で汚れている上に、何かおぞましい気配が漂っている。
「良し。間違いない!」
「それにたとえ間違っていても何の問題もない」
「これだけでわたしのパーティの仕度は完璧」
「水晶。おかげでとても助かったわ」
ミツルはいかにも愉しそうに笑って言ったが、
水晶にはどうしても愉しいことが起こるようには思えなかった。
「ボクはいいよッ!このままで」
「いいえ。そうはまいりません」
ウテナが真っ赤になって拒否するのを、メイド頭のチズさんは全く取り合わない。
「瑠璃様のお嬢様が詰め襟の学ランでパーティにお出でになるなど赦されません」
ふたりの前にはチズさんがセレクトした、
ウテナの髪の色や瞳の色によく合う見事なコーディネイトが数組。
後ろでは若いメイドさんたちが溜息をつくようになにか囁き合っている。
そこへさらにいつの間にか自室から現れたミツルが加わった。
「ああ!チズさんズルイ。姉様の衣装選びにはわたしも入れてくれる約束だよ」
「これはお嬢様。なんどお部屋をノックしても打ち合わせ中と言っていらしたのはどなたでしたかしら」
ミツルはちょろと舌をだして、肩をすくめて見せる。
「そうだったっけ?」
その13
その15
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