ウテナは、どのドレスの組み合わせにも首を横に振った。
新しい組み合わせがさらに幾つも持って来られたが、やはり同じだった。
流石のチズさんもほとほと疲れ果て、サロンのソファにへたり込んでしまう。
「だから、ボクはもうドレスは着ないんだ」
「そう決めたんだ」
ウテナの目は真剣そのものだった。
洒落や我侭で拒絶しているのではないのは明らかだ。
ミツルは小首を傾げ、一見穏やかな笑顔でウテナに問うた。
「それは、あの人の思い出のためですか?」
ウテナは一瞬の躊躇いの後、もう一度首を横に振る。
「思い出というより、戒めのため」
「綺麗なドレスには、必ず少し罠が含まれているだろう?」
その言葉にミツルは、細く息を吐き、ウテナの心にいまだに突き刺さっている
古釘のような男をどうしたら抜き去ってしまえるのか?と思いを巡らせた。

そのときふと思いついたのは、ほとんど気休めのようなアイデアだったけれど、
とにかく一度、姉に聞いてみることにした。
ミツルはウテナを連れて自分の部屋のドレスとは別の衣装ダンスを開け放ったのだった。
自分がこれを纏って、美しいドレスに身を包んだウテナをエスコートする予定だった燕尾服の数々。
ミツルは単なる思いつきがこれほど効果を現すとは思っても見なかった。
ウテナの顔が輝いて、ミツルの手を取りさっきまでとはまるで違う笑顔を見せてくれた。
「どうして、最初から、これを見せてくれなかったの?」
「こんなに素敵な衣装が沢山あるのに」
ミツルは望外の姉の笑顔に満足したけれど、
ウテナがどうしたいのか判ったので複雑な気持ちになって来た。
「これを着て姉様はパーティに出ると?」
「もちろん!!そして綺麗なドレスを着たミツルをエスコートするんだ!!」

「お目覚めかな?」
石岡亀吉の言葉に、暁生はまた記憶のフラッシュバックに飲み込まれる。
必死に唇を噛んで、恐怖を何とかコントロールしようとした。
無様な敗北と墜落の衝撃の記憶から身を守らなければ、
その激しいショックで今度こそ完全に息の根が止まるだろう。
…あの男は殺す!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!必ず!…
強く噛んだ唇から鮮血が溢れ、その合間を荒い息が漏れる。
剣光彦への激しい憎悪を支えにして、辛うじて意識を保っていられた。
実際に暁生に手を下したのはここにいる石岡であったが、
暁生の憎しみは一滴も残さず光彦に向けられている。

学園長室のベッドに成す術も無く横たわる暁生を前にしながら石岡は意外な言葉を吐いた。
「あんたが鳳学園に戻って来るまで『持つ』とは正直思わなかったよ」
「あのままショック死すると思っていた」
「なかなか根性があるな」
暁生はただ睨み返すだけで返事などできはしない。
「良いツラだ」
「ますます結構」
石岡は悪魔らしい笑顔を見せる。
実に親し気で、気さくに見える笑顔。
古くからの友人のように見える笑顔。
そして、暁生のベッドサイドに椅子を持って来て腰掛ける。
「その根性と強運を見込んでちょっと相談があるんだけど、いいかな」
椅子の背もたれの上に腕を組み、顎を乗せて、本当に友人に相談事をするような調子で言った。
「光彦社長の言っていたことだけど、大体間違ってはいないが、事実の半分しか説明していない」
「現状の剣財閥は彼の言った通りには動いていないんだ」
暁生はこの男がいったい何の話を始めたのか訝しんだ。
「実は、いま、剣財閥には薔薇の花嫁がいない」
石岡は少し間をおいてから話を続ける。
「ここから先の話は、ちと厄介でね」
「君が我々の側に付くなら問題ないが、この話を聞いた後で、こちらに付かないとなると」
「先日よりもっと不快な刺激を受けてもらうことになる」
「多分、今回のように生き残るのは無理だろう」
「苦しんだあげくの果てに地獄に行くことになる」
「向こうがどんなとこかは話には聞いてると思うけど、人の魂にはあまり居心地良い処じゃない」
暁生は石岡の顔を前に倍する勢いで睨みつけた。
起き上がることも出来ない怪我人とは思えない激しさだ。
「ふふーん。合格」
石岡の顔はとても満足そうだった。

「実はいま、剣財閥の経営判断のための託宣を出しているのは…」
「リリスだ」

石岡は暁生が言葉の意味を理解するまで、また待った。
…嘘をつけッ!!!!!!…
…もし、本当なら世界はとっくに…
暁生の顔に表れた疑問を見て、石岡はさらに満足そうに頷く。
「悪魔を嘘つきと非難するのはちょっとお門違いなんじゃないかなとも思うけれどね」
「君が不信に思うのも当然だな」

「このクソったれな世界はまだ滅びてないんだから」

暁生はだんだん話が見えて来た。
嗄れた声で微かな音しか出せなかったが、暁生はチャンスを逃さなかった。
「オレと組みたいのか?」
それだけ絞り出すのがやっとだったが、効果は間違いなくあった。
石岡の笑顔の色合いが見る間に変って行く。
…何処だか判らんがこいつにも弱い脇腹があるって訳だ…
そう確信すると暁生は再び意識を失った。
その14 その16
Return to flowers

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